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解題・説明
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大正11年、海底炭田に注目した沖ノ山炭鉱は、当時の最新工法で海中に大派坑・五段坑の竪坑を開坑しました。その後周囲は埋め立てられ、2つの坑口を保護するために大正14年ころに石垣が建造されました。現在残っている石垣は大派竪坑側のものです。昭和14年、さらに沖合いの鉱区開発に向けて、人員・石炭・資材等の運搬能力を上げるため坑内に電車を走らせる「電車坑道」の開坑が着工されました。大派竪坑も坑道の起点である地下約220mまで追加掘削され「電車竪坑」と呼ばれるようになりました。 石垣上部の巻上やぐらは大正時代のやぐらの原形を残すもので、昭和39年に改修されています。工業都市として栄えた宇部に現存する数少ない初期の産業遺産です。
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