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解題・説明
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結核のため東京朝日新聞に出社できず、療養していた石川啄木からの書簡。杉村楚人冠が社内で啄木への義援金を募る意向を示したことへの礼状であると考えられるが、大逆事件の判決の日の社内の様子、その後病気を自覚するまでのことなどが回想されている。啄木は社会主義に関心を持ち、大逆事件と関連する出来事を書き留めるなど、社会主義に共鳴していた。その啄木が判決を聞き黙って仕事をしているところへ外出先から戻った楚人冠が近づき、「今日は何処へいっても吾党の景気が悪いね」と言ったという。楚人冠と啄木は、この時までにお互いが社会主義の理解者であることを知っていたことになる。
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