解題・説明
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土方歳三が慶応元年四月に江戸にきて新選組の隊士を募集し、五十四名を引き連れて帰京した。大幅に隊員がふえたので土方は新選組の編成替をした。原本は不明で、小島鹿之助が異聞録に筆写したものが残っている。行軍録の作成時期は、慶応元年九月と推定される。 総人数は百九十三人 丸一つが一人である。組頭以上の人の名が書かれている。 初めに誠の旗があり、大銃隊が先頭にきている。三貫目玉とあり大銃頭は谷三十郎と藤堂平介、このあとに小銃隊が続き、小銃頭は沖田総司と永倉新八である。そのあとに土方家の家紋(右三つ巴)の纏いがあり、土方がいる。軍目付、行軍奉行がいる。そのあと槍隊が続き、槍頭は、斎藤一と井上源三郎、そして縦長の誠の旗がある。そのあとに近藤勇の居所を表す鹿の角の下に大きく近藤家の家紋(丸に三つ引き)がある。近藤勇の右に軍奉行の伊東甲子太郎、左に同役武田観柳斎、そして小荷駄が続き最後備に小荷駄奉行の原田左之助がいる。しかし、実際にこの行軍録で行軍することはなかった。
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