|
解題・説明
|
成瀬正成は徳川家康の側近の一人で、天正18年(1590)に家康が関東に移ると、栗原郷など4千石を与えられ、その後、尾張徳川家への将軍からのお付家老として、犬山城主となり3万4千石を領有しました。寛永2年(1625)に正成は没すると、犬山城主は長男正虎が継ぎましたが、正成は生前、次男之成に栗原郷他1万4千石を譲っていたので、之成が栗原藩の2代目となりました。その後、栗原藩は無嗣により断絶してしまいましたが、宝成寺は江戸における成瀬家の菩提寺とされていたため、栗原藩成瀬家が断絶後も一族の墓が営まれ明治9年(1876)まで墓碑等が残されています。
|