土偶と衣服

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 亀ヶ岡式土器の時代になると、有名な遮(しゃ)光器土偶と呼ばれる土偶が出土する。遮光器とはエスキモーなど北方民族が用いた雪眼鏡(めがね)で、水平な切れ目が入れてあって雪の反射光をさえぎるように作られたものである。土偶の目があたかも遮光器を着けたように殊の外大きく、中央に水平な線が付けられている。土偶は一般に頭や顔、容姿が抽象化されているが、亀ヶ岡式の土偶は精巧なものが多く、風俗を推考させるものがある。殊に青森県の亀ヶ岡遺跡などでは国の重要美術品になっているものなどが出土している。亀ヶ岡式の前半の土偶は遮光器土偶に代表される。頭飾りがあって大きな目をしており、首から腰下までの服を着ていて腕と下肢を残して飾りの文様がある。腕、首、胴、腰、腿に線状の帯飾りがあり、文様の構成からガウンのような服を着て腰紐を締めているようである。亀ヶ岡式後半の土偶は、衣裳と思われる文様が簡略される。上衣・下衣と分かれたのであろうか。乳房と臍(へそ)の表現があって文様は上と下に分かれている。
 函館周辺の土偶には遮光器土偶はないが、後半の土偶が出土する。そのいずれもが上衣と下衣に分かれるか、または下衣だけであって胴部の素膚が表現されている。頭髪は四方から結い上げたもの、後頭部に束ねたもので、首に連珠の首飾りや胸飾りをしている。乳房や臍があって老婆と思えるものもあり、乳房にも老若の区別がある。土偶には女性像だけでなく男性と思われるものもある。上衣がなく下衣だけのものには、腹部から下半部を覆ったものと褌を着けただけのものがある。下腹部を覆ったものには腿までのものと足首までのものがあり、腰帯を着けている。褌を着けたものは前記のように布と紐とが膚に巻きついた様子がよく表現されている。
 亀ヶ岡式の前半と後半では衣服の差が見られ、前半の衣服は暖衣で全身を覆うようなものであるが、後半になると上衣と下衣に分かれて薄着に見られる。これは気候的な影響であったかも知れないが、膚着的な衣服が後半になって現われてきたのもこの時期の特徴と言えよう。 

女名沢遺跡土偶(市立函館博物館蔵)


女名沢遺跡土偶(婦人の乳房)


女名沢遺跡の土飾首飾(市立函館博物館蔵)


女名沢遺跡の土器(上 ネックレス、下 フンドシ)