[銭亀沢地域における土地の所有状況]

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 銭亀沢地域の沿革や産業の概要からこの地域では漁業に重点がおかれるが、農業も営なまれていたといえよう。
 そこで次に地租創定の折に作成された史料により、その当時の各村の宅地、耕地、海産干場など土地の所有状況を示しておこう。
 明治政府は、明治六(一八七三)年地租改正に着手し、北海道でも明治九年から地租創定事業が進められ、海産干場に始まり耕宅地の調査がおこなわれた。その際に作成されたのが「昆布場及取獲高調」や「地位等級調」などの文書である。
 「昆布場及取獲高調」(北海道立文書館蔵 簿書番号一七八四)には、一八七六年に作成された村ごとの「昆布取獲高調書上」および「昆布場調書上帳」が綴られている。銭亀沢村、志苔村の「昆布場調書上帳」には番号、表口・奥行間数、坪数、所用海面間数、所有者名、漁夫数、雇夫数、船数、取獲高、割渡年次の記載がある。しかし、石崎村、根崎村(下湯川村)にかかるこの調書は見つかっていない。「昆布場及取獲高調」はもともと五冊之一から五まで作成されたと思われるが、現在、五冊之四は未見であり、石崎村、根崎村(下湯川村)両村の調書はこの中に綴られていたのではないかと思われる。
 また、「地位等級調」(北海道立文書館蔵 簿書番号二八二六〈根崎村、志苔村〉、二八三二〈銭亀沢村、石崎村〉)には明治十一年に作成された「正反別并収穫等級調」「耕宅地地位等級其外ヶ所調」が綴られている。この調書には字名、地番、耕宅地の別、等級、所有者名が記載されている。