コンブ類についての詳細な分類・識別の起源は、生物種としてのコンブの生態にかかわる生物学的特性と商品としての昆布製品の扱われ方にかかわる経済的特性の両側面に由来するものと思われる。生物学的には同一種でありながらも、沖合に成育するコンブが岸辺の個体よりも幅広で薄く、大型に成育する現象は、広くコンブ類に共通する性質と思われる。このことについて川嶋(1990)は、函館地方のマコンブを形態によってⅠ~Ⅳの四タイプに分類し、生育場所による多型の存在を論議しているが、慎重にも「その生態的意味はほとんど分かっていない」と述べている。このことについて成育環境の違いによるコンブの形態差を適応性という点からみれば、深い沖合に成育するコンブでは日射量が制限要因となるために葉体が長形・薄身・幅広で大型となり、逆に岸辺に成育するコンブは激しい波浪による流失を避けるため葉体が短形・身厚・幅狭のスリムな形態が有利と推定することもできる。しかし、結論はマコンブ多型についての遺伝子レベルでの研究に待たれるところが大きい。
さて、昆布漁業者からの聞き取り調査の中で、コンブの生育場所による形態差についての合理的解釈が聞かれた例は皆無であった。「岸昆布」「中間昆布」「沖昆布」がそれぞれ同一種あるいは別種であるかという質問に対して、中には逆に疑問を投げ返す例もあったが、不明とする回答がすべてであった。このようなあいまいな認識のあり方は、科学的認識との違いを際立たせている。商品としてのコンブを識別できる日常的認識があれば生活上不自由することのない条件のもとでは、だれの目にも明らかな違いがあっても、その原因を深く追及しようとする態度や認識が自然発生するものではないようである。このようなあいまいな日常認識は、漁業者ではない一般住民の間では一層拡大するようである。
本来ミツイシコンブが成育していないと思われる銭亀沢でも、ホソメコンブについて、現在もなお「しおこし(塩干し)」あるいは「みついし(三石)」、つまりミツイシコンブの呼び名が通っている。
隣の戸井町以東にはミツイシコンブが自然分布しているが、昆布漁業者にあっても、本物のミツイシコンブや製品の「みついし」を目にする機会はあまりないようである。生物学的に誤った認識であっても、生活上問題にならなければ、許容されるのであろう。さらに、昆布の生産に直接携わらず、もっぱら商品として昆布を扱う人びとの間では、たとえば「岸昆布」と「沖昆布」の区別を生物学的に独立した種類と誤解する例もみられた。これもコンブについて生物学的に認識する機会がないためと思われる。
商品経済で扱われる生物では、種としての区別だけでなく、微妙な形態や成分差が品質の問題となる。これは商品作物や家畜における品種や産地の区別において一般的現象である。大石(1987)は道南産マコンブでグルタミン酸の含有量が多いほど、つまり味がよい昆布ほど製品価格が高いことを報告している。このように生物学的には同一種を扱っているにもかかわらず、野生生物を対象とし自然条件に大きく支配される天然コンブ漁業においては、年や地域による生育条件の違いだけでなく、収穫や乾燥に影響する天候、保存や加工の技術など、さまざまな条件が商品の品質に影響し、価格において数倍の開きをもたらす。このような現象の中に、昆布流通・消費の歴史と文化、昆布輸入の影響などといった社会的要因のほかに、自然を対象とする産業として自然的要因にも支配されるという古典的生産労働の姿を読み取ることができる。
なお、現在のコンブ養殖では大部分の種苗は天然の「沖コンブ」に依存しているが、一部において栽培品種の確立が図られつつある。
そのため現在のコンブ漁業の産業段階は、粗放的な野生生物の採集から、栽培品種による集約的農業形態への移行段階にあたるとみなしてよいであろう。したがって、前述のような「岸昆布」「中間昆布」「沖昆布」というマコンブの多型が単なる環境変異かそれとも遺伝的相違によるかは、そのような形態差が栽培種としてのコンブの品種になり得るか否かによっても今後検証されるものと思われる。