八幡神社(銭亀町)

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 八幡神社は、銭亀宮の川の西岸丘陵上に位置している。
 その沿革は、正保元(一六四四)年の創建と伝えられ、当初より村の中心神社としての性格の濃い伝承を持つ。一方、銭亀沢における定住・村落形成とのかかわりのある干場割渡は、先に述べたように一八世紀半ばから始まったが、漁民の定住化はそれ以前から始まっていたと考えられる。八幡神社の設立が一七世紀半ばの割渡がおこなわれる以前であったことも、干場割渡より昆布漁業の実体が大きく先行していたことを裏付けるものと思われる。
 文献では、「蝦夷日誌」(『函館市史』史料編第一巻)に嘉永三(一八五〇)年に産神社として記載されている。
 また、「八幡神社記録」には、当社の棟札の記録が数多く記しており、その概要を次に紹介する。
 享和二年 奉建立御本社鳥居二宇
 文政八年 奉再建八幡宮御本社御神体御拝殿三宇
 文政八年 奉造立八幡宮大鳥居一宇
 天保五年 奉建立鳥居一宇
 嘉永二年 奉再建正八幡宮
 嘉永二年 奉再建正八幡宮御拝殿壱宇
 安政五年 奉開眼正八幡大大神御神体壱宇
 安政五年 鳥居壱基
 文久三年 奉再営八幡宮御本殿一宇
 明治六年 奉遷宮鎮守八幡神門壱宇
 明治十三年 八幡宮本殿拝殿造営遷宮式
 明治十七年 造営八幡宮神門一基
 明治十七年 奉再建八幡宮社殿壱宇
 明治二十八年 奉再建村社八幡宮神門壱基
 大正四年 奉斎神社神門一基
 大正十二年 奉鎮祭大鳥居新設
 大正十三年 奉再築村社八幡神社々殿壱宇
 これによると、現在の社殿は大正十三年に再築されたもので、一部側廻りに改造が見られる。大工は、児玉新造である。

八幡神社平面図


八幡神社(銭亀町)