幼少の頃、子どもが集まって昔話の上手な婆の家に出かけていき、「バッチャン、むがしこ、むがしこ。むがしこ教せえ」というと、「むがし、むがし、あったどせ」と語り始める。「それから」と静かに聞いた、という。これを「むがしこ、聞きに歩く」と表現した。
この例に見られるように、銭亀沢では昔話を「むがしこ」「話っこ」といい、昔話の語りの始めは、「むかし、あったどせ」「むかしこ、ひとつしかせる(聞かせる)はんでな」といった発端句ではじまる。途中で聞き手が「うん、うん」「それから」と相槌をうちながら話を促すという形が一般的である。
呼称・発端句は、青森県ともほぼ共通している。青森県では、むかし語りを中心に古風な「むかし」「むがし」「むかしこ」「むがしっこ」などの呼称が今日もつづいている。発端句も全県を通じて「むがし」または「むがしあったじ」が一般で、「むがしぁあったじ」「むがしぁあったど」「むがしこあったど」など、語り手によって小異が認められるにとどまる。
語りの終わりは、銭亀沢では青森県にみられる「とっちぱれ」「どっとはれ」「いっそくらした」のような顕著な結末句はみられず、「おしまい」「おわり」と結ばれている。ただ、「とっつばれんこ」という一例のみ聞かれた。この伝承様式については、銭亀沢地区の事例とかつて調査した隣町の戸井町瀬田来や道南の海沿の地域(八雲町・乙部町・奥尻町・江差町・上ノ国町・福島町など)と比較してみるとほとんど同じである。
表4・6・1 昔話の呼称・形式句の事例