ことわざ・俗信は、津軽・下北地方では一般にタトエと呼んでいる。道南の銭亀沢地区、戸井町、江差町、福島町、上ノ国町でもやはりタトエといい、津軽・下北地方のものとほとんど類似していて、多くの共通点がある(佐々木達司『津軽ことわざ辞典』昭和四十二年)。
ことわざ・俗信は生き生きとしてふだんの日常生活の場で使われることによって、人間関係を豊かにし、円滑にする。多くの巧みなタトエによって、思わず人の笑いを誘い、世の中を明るくする。時には道理や知識の伝達として、人生の真実をとらえたものが多くある。タトエは日常生活の場のどのような場面でタトエとして生かされるのか、道南の地にふさわしいものとして息づいている事例をあげてみる。
津軽海峡に面した道南地域では、対岸の下北半島から嫁が来たとき、「ショッパイ川渡ってきたんだか」と海峡を川にたとえていう。「せめてな、高校野球の優勝旗、ショッパイ川渡ってこないかな。有斗高校に頑張ってもらわなくちゃ」という。
この地域のタトエには、親子や夫婦など、人間関係にふれたものが少なからず認められる。お年寄りが集って、話に花が咲くのは子どもの話であり、自分の子ども、とりわけ孫となると可愛いもので、「目にゴミが入ればいずくなるけれどもかわいいものなら目に入れてもいずくない」という。
その孫が寝小便すると、江差の漁師町では、「アキアジ取った」「ヨッコ取った」というが、アキアジもヨッコもサケのこと。ふとん干したりすると、「だれそれ、ヨッコ取ったな」という。松前の江良でも「ヨッコ取る」といい、上ノ国町では「イワシ取った」といって、ニシンやイワシ漁の盛んであった時代の名残りがある。銭亀沢地区や戸井町、福島町では「マグロあがった」「マグロ取った」といい、「オラ家の大きだ孫、マグロ取りだ。一晩に二本も取る」「どんなマグロだ」と問えば「くせえマグロだ」といって笑う。
津軽では「カレイ取れだ」「マスァあがった」という。子どもが火をいたずらすると寝小便するというので、しつけの意味で「火いじればマス取る」と注意する。川の増水を川増しというが、なまってカワマス、マス取るはふとんが川増しになる意味。それから転じて鱒(ます)を取る意味にも解された。南部の野辺地町でも「シビ(マグロの成魚)あがった」と表現する。
タトエは、その土地に密着した独特の色合いや心がこめられていて、それぞれの生活の場において生き生きと用いられ、人が生きていくための知恵となっている。