沖揚げ音頭

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 渋谷道夫提供の録音テープを基に、沖揚げ音頭について述べてみよう。瀬川福年によると「鰊場の労作歌である。六曲構成で以下の①出船の櫓漕ぎ歌、②網起こし歌、③切り声、④沖揚げ歌、⑤子はたき(こたたき)(こはたき音頭)、⑥帰り船の櫓漕ぎ歌、で成立している。保存会は鰊場での苦労を知り、歌える人の死亡も相次ぎ、平成二、三年で歌うのが途絶えてしまった。平成七年に残りの会員で相談して解散した」という。沢田馨は「私が七、八歳(大正初期)のころ数十人単位であちこちの浜で沖揚げをやっていた。その中に五〇歳過ぎのお爺さんも歌っていた。江戸時代末には歌われていたのは確実で、代々歌われ続けてきたと思っている。私は大正から昭和にかけて鰊場を渡り歩き沖揚げをした経験もある。また家の建て前の時はお祭であった。そのときに沖揚げ音頭を歌った」と語っている。石田勝造は「沖揚げ音頭の一部は鰊がとれなくなった後、鰯の大漁時に歌われていた」と話している。この曲が労作歌として労働の潤滑油としての役割以外に建て前など祝いの席の祝福芸に転用されていた一例といえよう。
 
 ①出船の櫓漕ぎ歌 ハオイ(リ)船頭(この地域では「大船頭」ということが多い)について港から漁場に着くまでに歌われ、ハオイ(ハオリ)船頭と下声(この地域では「下声船頭」ということが多い、また「下声とり」ともいう)との掛合で掛け声を主に歌う。(譜例12)ホララ櫂(譜例17)という形もある(瀬川福年談)。

譜例12 出船の櫓漕ぎ歌

 
 資料6 出船の櫓漕ぎ歌 船頭役(伝故吉沢北斗(吉左衛門))/下声(伝根崎沖揚保存会会員)
  船頭「オーシコーオ(イ)」/下声「オーシイコーオ(イ)」/船頭「ホラアーホ」/下声「ホーラーホイ」/船頭「ドッコイサー」/下声「オースイッショー」/船頭「アラソロタノー」/下声「ソロターヤーヘー」/船頭「ヤー櫂かきゃそろた(ヤー櫂さきそろったよ)」/下声「ヨイショオー」/船頭「ドオッコイサー」/下声「ドオッショー」/船頭「ハアーこれさえ済めば」/下声「ハーサ(シャ)アーヨイサエー」/船頭「やー御神酒に酒だ」/下声「オイショーオー」/船頭「ドッコイーサー」/下声「オーショウー」/船頭「あら根崎の皆さん」/下声「アアーヨーイサーエー」/船頭「アーよきその声で」/下声「ヨーッシュコーオー」/船頭「ドッコイーサー」/下声「オースエーオー」/船頭「あらヤーンサーの」/下声「ドッコーイ」
 
 ②網起こし歌 建網に入った鰊を枠網に追い込む時に歌われる。このとき船頭はさー起こすぞ(ど)といってから始まる(瀬川福年談)。歌詞にある「れっこ」とは、皆が気持ちをあわせて一緒に網から最初に離す(投げる)手を「一番れっこ」次に離す手を「二番れっこ」といい、以下片手ずつ交互に網から手を離す(投げる)意味であり、また「こだいだ」は手ごたえがあるの意味であろう(石田勝造談)。(譜例13)

譜例13 網起こし歌

 
 資料7 網起こし歌 船頭役(伝故中浜吉次郎)/下声(伝根崎沖揚保存会会員)
  船頭「あらドーッコイショ ドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あらドッコイ迄とーはドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あら田舎の相撲だ ドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「素早く早く ドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「アー一番れっこだドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「アー投網投げてドッコイショ」 下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あら2番のれっこだドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あーニシンの馬鹿やドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あら段々乗ってきたドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あら3番れっこだドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「あら乗ったも乗ったドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」/船頭「ほらこだいだもこないだドッコイショ」/下声「あらドーッコイ ドッコイショ」
 
 ③切り声(きわり声)(きりっこ声) このあたりではきわり声という例が多かった。大漁の時に歌われる。鰊が生きている間は網の枠の中に筵を架けて暗くすると鰊が海面に上がってくる。このときは水揚げしやすくなるが、網に入った時間が長くなり死ぬと底に沈み、重くなる。特に日中に鰊の生きが悪くなると大変な作業になる。いずれにせよ水揚げの時にドッドコドットコセーノコラ ヨーシと声を掛けて引っ張りあげる(瀬川福年談)。歌詞中の「じょろじょろ」は「ずるずる」の意味であろう(石田勝造談)。(譜例14)

譜例14 根崎の切り声(一部)

 
 資料8 切り声(きわり声)(きりっこ声)船頭役(伝故吉沢北斗)/下声
 (伝根崎沖揚保存会会員)
  船頭「ほら、たてあげ来たど」/下声「ホイッショ」/船頭「いがー、次たっていこうヨシ」/船頭「ドスドコーイ ドッコーイ」/船頭「ワグ(枠)いがワグ(枠)」/下声「ホイ」/船頭「ドドコセーノコラー」/下声「イエーエイ」/船頭「ヨイヤーヨイャーサー」/下声「ハッヨーイヤサー」/船頭「ヤサノーヨオイサー」/下声「イエーーヨーイヤサー」/船頭「ヨイトーナーホラ」/下声「ホーッラーエイャ アララードッコイ ヨイトコー ヨイトコナー」/船頭「ホーラーエーイ松前様はヤーエーッエ」/下声「ヤトコセーヨーイイヤノ」/船頭「ホーラ春はニシンで人盛り、ヨーイオイートナ」/下声「ホラララーエイャ、アッララードッコイ、ヨーイトーコ、ヨーイトコーナー」/船頭「ホーラーエーエーーイ、これでいがねば(いかなきゃ)、ヤーエーエー」/下声「ヤットコセーヨーイヤー」船頭「オーリャー、神々頼む、ヨーイトナー」/下声「ホーラ、エイヤ、アリャラードッコイ、ヨーイトコ、ヨーイトーコーナー」/船頭「ドッドコセーノ、コリャー」/下声「イェーイ」/船頭「ヤース、ヨーイトーサー」/下声「ヤース、ヨイサー」/船頭「ヤース、」合いの手「そりゃ下っぱらいれで頑張れよ」/ 下声「ヤースヨーイサー」/船頭「ヤレー、ハーヨーヤー」/下声「ヤースヨイサー」/船頭「ハス(箸)ヨリ?」合いの手「茶碗っこだ?」/下声「ヤースヨイサー」/船頭「イェーイ、ヤーサー」/下声「イェーイヤーサー」/船頭「イェーイ」船頭、合いの手「ホーッラ」/下声「イェイヤーサー」/船頭、合いの手「ヤーじょろじょろ、もどればホラ?」/下声「イェイーヤサー」船頭「エイッヤ」/船頭「イェーイ」船頭、合いの手「ホッラ」/下声「イェイヤーサ」/船頭「ヤンサーノ」/下声「ドーッコイ」/船頭「エンヤ」船頭、合いの手「エンヤ、エイッサ、エイッサ」/下声「エイッサ、エイッサ」船頭「エイッサヤンサ」/船頭「ごぐろうでもすぐ沖あげ頼むぞ」
 
 ④沖揚げ歌 ソーラン節とも狭義の意味で沖揚げ音頭とも呼ばれている。枠網からタモ網と呼ばれる網で三人一組になり鰊を汲み揚げる時に歌われる。作業中に眠くなると危険であり、また鰊を掬いあげなければならないので、どの船頭も目が覚めるような歌詞を歌った。船頭として歌の上手さや、歌詞を人前で披露出来ないような卑猥な内容などを入れて、面白おかしく替え歌で歌えるのも力量の一つであった(沢田馨談)。(譜例15)

譜例15 沖揚げ歌

 
 資料9 沖揚げ歌 船頭役(故中浜吉次郎)/下声(伝根崎沖揚保存会会員)
  1番 船頭「ヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーランソーラン」/下声「ハイハイと」/船頭「ホラヤサ(シャ)? カミ?よぐ聞け アベ棒も野郎ど」/五月カンジョ(勘定?)に話あるチョイ」/下声「ヤサエンエンヤーサーのドッコイショ ハードッコイショドッコイショ」/2番 船頭「イヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン」/下声「ハイハイと」/船頭「ホリャ昔なじみっこど 紅花ゾリ(草履)は? 色がすれても 気が残るチョイ」/下声「ヤサエエンヤーサーのドッコイショ ハードッコイショ ドッコイショと」/3番 船頭「イヤーレン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン ソーラン」/下声「ハイハイと」/船頭「利尻、礼文は兄弟島よ何故に奥尻離れ島チョイ」/下声「ヤサエエンヤーサーのドッコイショハードッコイショ ドッコイショと」/船頭「イヤーレン ソーランソーラン ソーラン ソーラン ソーラン」/下声「ハイハイ」/~(中略)~/船頭「余り長いのも 満座の障り ここらあたりで切り上げてチョイ」/下声「ヤサエエンヤーサーのドッコイショ ハードッコイショドッコイショと」
 
 ⑤こはたきまたは、こたたき(子はたき音頭) 瀬川福年の語るには「網にニシンがコヲフク(卵(数の子)を沢山産みつける)から皆で竹棒やシバキ(芝木)を用い、網をハタイ(叩い)て卵を落とす作業時に歌われる。この時船頭が“ハッもう汲んでしまったし、網掃除だど。サこはたきだ”あるいは時代が下ると「さっ、こはたきスタート」といってこの曲をやる。“二子上げ”ともいうこの歌を歌いながら棒で網を叩く作業をする。ここでは“こはたき音頭”とはいわない。何処の鰊場に行っても基本はおなじであった」。また中浜清一は、「この曲は二子上げ音頭と呼ばれ、盆踊り歌である。他の盆踊りより踊り方が面白い。記憶違いかも知れないが、二子上げ音頭から子はたき音頭になったと思う。私が一六、七歳の頃、八雲町山越に行ったとき盆踊りで歌われていた」という。青森県西津軽郡鰺ヶ沢に伝承される鰺ヶ沢甚句、あるいは秋田県の地搗歌が元歌であろうといわれている。江差のソーラン節にこの曲とよく似た歌詞が報告されている(桧山管内江差町五勝手の社会と民俗『北海道を探る』25)。(譜例16)

譜例16 こはたき音頭

 
 資料10 こはたき 船頭役(伝故吉沢北斗)/下声(伝根崎沖揚保存会会員)
  1番 船頭「連れて行くから 髪結い直せ」/下声「ハーイヤサカッサ」/船頭「旅は辛いとの 泣かぬように」/下声「ヤアリャ泣かように 辛いとの 泣かぬように」/2番 船頭「吹いてくれるな夜中の嵐」/下声「ハーイヤサカサッサド」/船頭「主は今夜もの 沖り」/下声「ヤアリャ 沖り」/船頭「ハイ」/下声「今夜もの 沖り」/3番 船頭「高い山っこからエ 谷底みれば」/下声「アーイヤサカッサ」/船頭「瓜や茄子日のの花盛り」/下声「アリャ花盛り 茄子日のの花盛り」/船頭「ヤンサーの」/下声「ドーッコイ」
 
 ⑥帰り船の櫓漕ぎ歌 沖から帰るとき普通はオースコイとやるが、うんと遠くなれば疲れるもんだからホホラ櫂といって船頭がホオーホーラーホーホ(譜例17)と歌うと下声もホオーホーラーホーホと歌い、三枚櫂という三回掻いたら休む形で櫂を掻き道中を進める方法もある。帰りの港までの距離が長い場合にやるものである(瀬川福年談)。(譜例18)

譜例17 ホホラ節


譜例18 帰り船の櫓漕ぎ歌

 
 資料11 帰り船の櫓漕ぎ歌 船頭役(伝故中浜吉次郎)/下声(伝根崎沖揚保存会会員)
  船頭「オースコイ」/下声「オ(ホ)ーッショー」/船頭「アーッホー」/下声「オースコー(イ)ー」/船頭「アラホラドッコイサー」/下声「オーシュコーイ」/船頭「アートーノ ダイ(大)漁こそ頼むぞコリャ」/下声「オーリャヨイサエー」/船頭「アーこーれさえ済めばー」/下声「ドーシュコー(イ)」/船頭「ドッコイーサー」/下声「オーシュー」/船頭「あのこのカンジャシ(簪)ほら?」/下声「オーラーエイッサーエー」/船頭「エイヤッテコラサノサー」/下声「ドシュコー」/船頭「ホラホラホイーサー」/下声「ローシュー」/船頭「アラーじいちゃ、ばちゃ、かぼちゃあー」/下声「ホラーエ」/船頭「番茶も出ばな」/下声「オースコー」/船頭「ドッコイサー」/下声「オーシュー」/船頭「あー今日はお集まりの皆さん」/下声「オーラヨイサーエ」/船頭「エインヤでコラサノサー」/下声「ローシュコーイ」/船頭「ヤンサーノ」/下声「ドーッコイ」