白木神社

494 ~ 495 / 521ページ
本村ノ北部亀尾村ニ接スル處ニ、橡ノ大木アリ。
樹令約千歳ト稱スルモノ周リ丈餘ノモノ弐本相對立ス。而シテ之ヲ連ヌルニ略同大ノ枝ヲ以テセリ。シカモ何レヨリ出デヽ何レニ連結セルモノニヤ極力細査スルモ、決シテ判別スベカラズ。是レ即チ所謂真ノ連理木ナルモノニシテ、我国唯一ノ珍タルニ値ス。故ニ古来神木トシテ畏敬シ、文盲無智ノ「アイヌ」ト雖モ之ニ斧鉞ヲ加ヘシコトナク、附近濫伐盛ンニ行ハレテ樹木悉クソノ跡ヲ絶テルノ今日尚ホ蔚然其ノ滋茂ヲ保テリ。
會々故長官黒田清隆管内巡視トシテ亀尾村ニ至リ此ノ霊木ニ接シテ枝間ノ小宮ヲ認メ感嘆之ヲ久シフシ名ヲ白木神社ト奉リ廣ク之ヲ世ニ吹聴セリ。開拓使製ノ地図ニ特筆大書セルハ畢竟之レガタメナリ。然ルニ星移リ年変リテ明治廿八九年ノ頃トナリテハ人独リ珍トシテ之ヲ見ズ。神トシテ霊アルモノトシテ之ヲ信仰シ、甲唱へ乙和シ、遂ニ迷信家ヲシテ除災防厄ヲ祈願セシムルニ至レリ。爾来参詣スルモノ日々滋ク、自然神社ノ状態トナリヲ以テ、今ハ拝殿ヲ設ケ別當之ヲ守リ、依頼ニ應ジテハ加持祈祷ヲナセルモノヽ如シ。
但シ祭神ハ大山祇命ニシテ橡ノ大木其ノモノヲ齊クニハ非ラザルナリ。
此辺山極メテ瀟洒水極メテ清麗、ソノ曲流弯環スル頗ル觥ヲ引クニ適ス。故ニ奇ヲ探尋スル茶人、風塵ヲ避クル雅客、榼壺ヲ提ゲテ散策此境ニ臨ミ、一日ノ快ヲ貪ルモノ多シ。