石倉ノ東北方ニ當リ汐泊平野ヲ隔テヽ相対スル丘岬アリ。綾斜何等ノ奇ナシト雖モ其名ノ其實ニ副ハザルガタメニ却ツテ人ノ好奇心ヲ惹起セシメタルコト多シ。試ミニ其境ヲ訪ヘバ、固ヨリ観音ノ堂宇ナリ亦蓊欝ノ蒼林ナシト雖モ石壁ノ井水未ダ涸レズ。釣瓶シテ之ヲ汲メバ清澄無比ノ飲料タリ。而シテ傍近ノ地亦一段ト高ク正シク人工的ニ整扁シタルモノナルヲ知ル。
是ニ於テカ古墳トシテ探検スルモノ「チヤシ」トシテ試掘スルモノ相尋イデ起リシガ、遂ニ十数年以前ニ至リ、菊章顕然タル器物ヲ発見セリトテ其評一時ニ高ク或ハ長慶天皇避難ノ一区ナルベシトマデ唱ヘラレヌ。
案ズルニ該地ハ東ト南ニハ深谷ヲ控へ、北ト西トニハ汐泊ノ急湍ヲ繞ラシ、東南僅ニ石崎野ニ連ル坦通アルノミナレバ、昔時ハ築城ノ好適地タリシナラン。
サレバ彼ノ小林良景ノ輩来リテ此處ニ邸宅ヲ構へ、川ニ網シ、山ニ樵シ殷富多年此ノ石井ヲ遺スニ至リシモノナラズヤト思ハル。
附記　現今字古川尻ニ樋口亀藏ナルモノアリテ金属製ノ観音ヲ藏ス。就イテ之ヲ見ルニ古色蒼然トシテ慥カニ年諸ヲ経タルモノヽ如シ。号シテ亀屋ノ観世音ト云フ。ソノモノガ轉々主ヲ変ジテ樋口氏ノ有トナリシニハアラザルカ。