噴火現象毎の災害予測

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a 噴火地点
 現存する旧噴火口および噴気孔の位置は、恵山溶岩ドーム北〜北東部および外輪山溶岩ドーム東部390メートル峰周辺である。最近の恵山の噴火はいずれも恵山溶岩ドーム周辺を噴出源とする水蒸気噴火である。噴出源の予測には近年の地震活動・地殻変動など地球物理学的な情報を欠かせないが、現在のところ恵山周辺で火山活動につながるような目立った活動は報告されていない。そこで、ここでは将来の噴火地点として、最近発生している小規模な噴火であれば、恵山溶岩ドームのいずれかから発生する可能性が高いと考える。とくに噴気活動をしている北東部〜外輪山溶岩ドーム東部390メートル峰周辺が噴火口となる可能性が高いだろう。また、新たにマグマを噴出する噴火の場合には、噴火口は恵山溶岩ドーム周辺には限らない。過去の活動中心は西北西−東北東方向に配列しており(図3.18)、大局的には東へ移動している。すなわち、次の爆発的噴火の噴火口としては、先にあげた外輪山溶岩ドーム390メートル峰および元村〜御崎溶岩ドーム、海底などが考えられる。
 
b 噴出岩塊の落下
 噴出岩塊の落下とは、火山弾や火山岩塊が高速で弾道上に飛来し着地する現象のことである(国土庁、1992)。噴出岩塊についてはI−1−Dで記したように、これまでの地質調査からは火口原においても認識していない。しかし、水蒸気噴火など規模の小さな噴火であっても発生することが知られており、火口に近い場所では非常に危険度の高い現象である。1977年有珠山の噴火の際には、火口から1〜2キロメートル離れたところで、直径30〜40センチメートルの噴出岩塊によって厚さ12センチメートルの鉄筋コンクリートの屋根に穴が開いたことが報告されている(国土庁、1992)。
 噴火口が恵山溶岩ドームの南斜面に開いた場合や、元村噴火のように規模の大きな噴火が発生した場合には、恵山町御崎地区、椴法華村恵山岬地区など、山麓の生活地域まで噴出岩塊が到達することが考えられる。
 
c 溶岩流の流下
 一般に噴火活動は揮発成分の現象に伴うから、降下火砕物→火砕流→溶岩ドームという経路をたどると考えられる(坂口、1988)。安山岩質〜デイサイト質マグマを噴出する恵山では、活動の最初期から溶岩が噴出する可能性は低い。また、溶岩流の流下速度は、玄武岩質の三宅島1983年噴火でも時速2キロメートル弱だったことが知られており、粘性の高い恵山ではさらに遅いことが予測できる。予測される流路は基本的に火口から谷地形に沿って最大傾斜方向であるが、冷却に伴う粘性率の変化などで微妙に進行方向を変えることはある。恵山で溶岩に関して注意が必要なことは、地形的に不安定な場所に形成された溶岩が崩壊してメラピ型の火砕流を生じる場合である。なお、溶岩流の進行を食い止めたり、進行方向を変える試みはいくつか知られている。例えば、溶岩流を阻止するために海水を放水したり(荒牧・中村、1984)、溶岩流を人工の流路に導いたり(脇田ほか、1992)する試みがなされている。しかし、恵山で、マグマの性質が変化し流動性の高い溶岩が流出した場合でも、火口からの距離が短いと考えられる御崎地区や恵山岬地区は急な崖の真下に位置していることから、第一に必要なことは迅速な避難であって、溶岩の進行を食い止めたり、進行方向を変えたりするほどの時間があるかどうかは疑問である。
 
d 火砕流(および火砕サージ)の流下
 恵山で最も災害度の高い噴火現象は火砕流および火砕サージである。溶岩ドームの形成および成長に伴うメラピ型あるいはプレー型の小規模火砕流(荒牧、1979)、の発生が考えられる。また、I−1でも触れたように噴火サイクル初期の爆発的活動ではスフリエール式の火砕流の発生も経験している。そのため災害危険区域の設定は難しい。I−2では噴煙柱が立たないタイプ、すなわち雲仙普賢岳(1990〜1995年噴火)でみられたメラピ型の火砕流の発生を想定して、火砕流の到達範囲をシミュレーションにより予測した。このシミュレーション結果と実績図で示した火砕流到達範囲を資料として、総合的に検討し予測図を作成した(図3.26)。危険区域を危険度に応じて3段階に分けて示した。過去の災害実績回数が多く、複数のシミュレーション結果をみても到達区域に入っている範囲は、危険度Aとした。この区域は噴出量が105立方メートル規模程度の小規模な噴火であっても、火砕流あるいは火砕サージが到達する危険がある。恵山町古武井東部〜御崎、椴法華村恵山岬〜銚子がこの範囲に入る。なお、八幡川を通って椴法華市街へ至る区域は、噴煙柱が上がった場合に、北外輪山溶岩ドームを越えて火砕流あるいは火砕サージが到達する可能性がある区域で、火砕流到達の有無は噴煙柱発生の有無および噴火口の位置によると考えられる。危険度Bは、溶岩ドームの高所で溶岩ドームの崩壊・破砕が行われた場合や、噴煙柱が上がった場合に火砕流あるいは火砕サージが到達する可能性がある区域である。危険度Cは、同じく火砕サージが到達する可能性がある区域である。また、恵山で火砕流あるいは火砕サージが発生した場合には、小規模な噴火であっても海へ火砕物が流入されることが予測され、海上への避難も陸からの距離によっては危険である。

図3.26 火砕流および火砕サージによるハザードマップ(荒井,1998)

 
e 火砕物の降下
 降下物は地表地形の影響を受けないため、一般には卓越風など気象条件を考慮にいれて、過去の降下堆積物の等層厚線図や等粒経線図に基づいて作成された。今回行った地質調査では各噴出物の分布範囲は示したが(図3.24)、等層厚線図や等粒経線図を作成できるほどの露頭ごとの変化は見られなかった。しかし、火口原などで確認される地質情報から推測すると、恵山では噴火が発生すれば火口から3キロメートル以内に最大粒径5ミリメートル程度の火山灰が10センチメートル程度の層厚で降下することが多く、噴煙柱が上がる噴火が発生した場合には、火口から6キロメートルの区域に径1センチメートルの火山灰が10センチメートル程度の層厚で降下する可能性がある(図3.27)。

図3.27 降下火砕物・ラハール・山体崩壊によるハザードマップ(荒井,1998)

 
f ラハール(火山泥流)の発生
 ラハールの発生は火山活動による場合と、火山活動に直接関係ない場合がある。前者は火口付近の積雪が噴火の熱によって融解することで発生する場合(例えば十勝岳1926年噴火)、火砕流や火砕サージあるいは岩屑なだれが川などの水系に流入した場合(例えば浅間1783年噴火)などがあり、後者は火砕物を噴出した噴火直後に大雨が降った場合(例えば有珠1977〜1978年噴火)、気温急上昇による積雪の急な融解(例えばレニア1947年噴火)などがあげられる。
 恵山の場合、最も発生しやすいと考えられのは噴火後の大雨によるラハールの発生である。その次に可能性の高いのは火砕流などの水系への流入が原因となる場合である。1846年のEs-5噴火では実際に噴火直後の大雨によってラハールが発生し、沢の下流部の水無集落で死者が出ている。なお、恵山は標高300メートル以上の火口原に火砕物が大量に堆積しているため、噴火に関係がなく大雨が降った場合には、火口原が発端となる沢などにおいてラハール災害が発生する可能性がある(図3.27)。ラハール災害を防止するためには、火口原や火口周辺になるべく水が蓄積しないように対策を講じたり、地形を考慮した2次ラハールの流路を確保するなどが考えられる。
 
g 山体崩壊の発生
 明らかになっている過去3回の山体崩壊堆積物(岩屑なだれ堆積物)のH/L値(0.12〜0.20)を用いて火砕流および火砕サージの到達区域の推定と同じ方法でシミュレーションを行い、発生地点から堆積物が全方位へ向かうことを前提にしたハザードマップを作成した。噴火口は火砕流の場合と同様にして設定した。山体崩壊は崩壊を起こしやすい重力的あるいは堆積物として不安定な山体の存在、あるいは山体内部の熱水による変質などが原因となる滑り面の形成を条件に、新たなマグマの貫入、水蒸気噴火、地震活動などを引き金として発生する。航空写真などから判断して、現時点で山体崩壊の可能性があるのは恵山溶岩ドームの南側斜面である。南側斜面が崩壊して山体が移動した場合には、堆積物は御崎地区を埋め、海へ流入し、津波が発生するだろう。しかし、現在のところ山体崩壊よりも小規模な地すべり、または崖崩れの可能性のほうが高い。