このような情勢の中で明治八年一月に至り遂に、尻岸内村支村根田内村に五等郵便取扱所・取扱人員・駅逓属出張一が設置され、これを手始めとして下海岸・陰海岸の各村に郵便役所が設置されるようになっていった。
『開拓使事業報告・布令類聚上』は当時の下海岸方面の郵便逓送の状況について次のように記している。
開拓使事業報告・布令類聚上
明治八年一月二十二日(元第六号)布達
分般別紙日割ノ通下湯川村始八ヵ所本年一月二十二日ヨリ仮ニ郵便往復施行旨函館郵便局ヨリ申越。
函館近郷郵便取扱所
一 函館ヨリ根田内通ヘ向 二・七ノ日
一 下湯川ヨリ川汲ヘ向支線 二・七ノ日
一 戸井[下湯川根田内]ヨリ継來る行嚢開閉両所ヘ継送
一 [根田内川汲]ヨリ函館ヘ向 [四・九 三・八]ノ日