伝染病からの避難

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 北海道は大部分が開拓地であり、医療機関が少なくまた保健衛生知識も非常に遅れていたことから、一度、伝染病が流行しはじめるとその勢いは止まるところを知らないような有様であった。こうした中で下海岸の人々の中には、なんとか伝染病からのがれようと、現代の医学知識で考えるとこっけいとも思われる、天然痘やコレラが流行した場合、家々では硫黄を焼く。顔にスミをぬって患者に近づくなどの方法がとられていた。
 また函館が流行地となった時、函館の住民の中には一刻も早く親類縁者を頼りに、下海岸地方へ避難する者があった。こうした者の中にはやがて下海岸地方に住みついたり、小学校が開設される以前に寺子屋を一時的に開設したり、鹿猟を行った者などがあった。(筆者の先祖は何度か函館から尻岸内に避難している。)