晩期

152 ~ 153 / 1210ページ
 繩文時代の最後である晩期は、東北地方の大洞式土器に代表される土器編年と同一であり、東北地方の文化が北海道までを含んだものと理解される。
 これらは、大洞B・BC・C1・C2・A・A'式土器であるが、南茅部町においてはC1からA式土器を出土する遺跡が多い。
 代表例として大船遺跡があげられるが、大船遺跡の発掘調査も一部であり、その内容も充分に解明されてはいない。
 ただ、二重炉址といわれる円形の大形石組炉が存在しているが、これらは他の地域の調査例からみて、屋外の儀礼上の炉址、または墳墓と考えられる。
 竪穴住居の発見例は、南茅部町のみならず他の地域においても少ないものであるが、円形の周溝を伴う浅い掘り込みのものであることが知られている。
 炉は埋甕炉か石組炉であるとされているが、調査例が少なく確実なものとはいえない。
 全道的にこの時期の集落の調査は少なく、そのほとんどが儀礼場の調査であり、七飯町「聖山遺跡」、木古内町 「札刈遺跡」においては、集石帯の中に数型式の土器の一括廃棄や、ばらばらにされた土偶廃棄なども認められる。

第47図 繩文時代晩期の石組炉と出土土器


第48図 繩文時代晩期の土偶