地場産場振興センター(昭和五五年)

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 漁業の振興、産業の複線化という佐藤町政の太い柱が大宗としての、昆布の価格安定と産地での附加価値をつける、という目的など構想は遠大で有望であった。
 昭和五五年、町議会とのたびたびの協議会を経て、国の補助制度をとりいれての地場産業振興センターづくりに取り組んだ。施設は字川汲二五四六番地に近代的な設計で完成した。
 四三三平方メートル、総工費六〇、〇〇〇千円、道補助二〇、〇〇〇千円、町債(過疎)三八、〇〇〇千円、一般財源二、一〇〇千円。
 昭和五六年三月、経済部長飯田満を部長兼務としてセンター長に出向かせ、重点施策として取り組んだ。のちに専任のセンター長として新事業の基盤づくりにあたらせた。
 原草は地元各漁協組との提携を得、自力加工部門の開発にも当たった。湯豆腐用だし、とろろ、おぼろなど、馴れない町の職員が、よその工場へ研修にいっての奮闘がはじまった。
 昆布加工は年季のいる専門技術の修得と、厳しい市場の競争とのなかで労もまた多かった。