熊泊稲荷社(大船)の別当の前浜に、大きな岩があった。毎年大晦日になると、元旦にかけてこの大岩に、燈火がともるといわれていた。
ある年の正月、別当が浜に出てみると、波のまにまにただよっていた合羽の包みが、この岩にひきつけられるように打ち寄せられてきた。合羽の包みをあけると、中に巻物が一巻はいっていた。
別当はさっそくこの巻物を家に持ち帰って家宝にしていたが、いつの頃にか失(な)くなってしまったという。
別当は、毎年お正月の門松を、この不思議な岩から海に流したと伝えられる。
① 瑞火
前記別當所有地ノ海岸ニ岩石アリ。
毎年大晦日ヨリ元旦ニカケ燈火ノ自然ニ点ゼラルルト云フ。或年合羽ニ包マルタル巻物、波ノマニマニ打チ寄セラレタルヲ別當拾ヒ重寶トシタリシガ、何時ノ頃ニカ失ヒテ今ハ傳ラズト。
カヽル奇瑞アル岩ナレバ今以テ門松ヲ此ノ岩ヨリ流ス。厳嶋神社ニ鳥居奉献ノ議起ルヤ別當ニ請ヒテ一ノ鳥居ハ二本柳庄三郎、二ノ鳥居ハ先代小川幸一郎ト先々代大坂政一氏、手水鉢ハ小川幸一郎氏奉献セルモノナリト。此岩以外ニモ熊泊、尾白内ニテモ鳥居ヲ造リタルモ皆倒壊シタリト。
但シ當時奉献セル鳥居モ今ハ唯一片ノ形跡ヲ存スルノミナリ。
函館支庁管内町村誌「臼尻村」大正七年