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解題・説明
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現拝殿は昭和初期に建築されたもので、拝殿の先代は古写真のように平屋建築であった。 波太神社は、平安時代の『延喜式』に記されている「式内社」で、日根郡鳥取郷の総社である。本殿の祭神は鳥取氏の祖神である角凝命、応神天皇、末社三神社には、鳥取氏の祖である天湯河板拳命と神功皇后、武内宿禰が祀られている。いずれも三間社流造、桃山様式の華麗な建物で、重要文化財に指定されている。天正5(1577)年の織田信長による雑賀攻めでは、ここに本陣を置いたと言われる。天正13(1585)年の豊臣秀吉の根来・雑賀攻めの時に焼かれ、豊臣秀頼の時に修復された。拝殿正面の燈籠は、片桐且元の奉納と伝えられる。毎年10月にある祭礼では、宮入りしたやぐらが勇壮に石段を駆け上がるようすを見ることができる。
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