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解題・説明
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平安時代後期から始まった熊野詣の流行もあいまって、紀泉間を通行する宿駅として発達した。河内観心寺(現河内長野市)文書『長慶天皇綸旨』により、河内観心寺の法華堂造営のために山中関を設け関銭を徴収したことがわかる。『東鳥取村史』によると「この地は山の先端が街道に面し、前方に山中渓の渓谷を控えた要害の地で、関所跡ではないかとの説もあり」とし、「それ以外にも琵琶が崖(琵琶ヶ岸懸)附近、阪和線第1トンネル付近の説もある。関所は天授年間(1375~81年)に廃止されたようであるが、記録はない。」とある。南北朝時代に関所が設けられたことで、通行人が減少したとも言われている。令和2年、JR山中渓駅より南側の府道拡幅工事に伴い移設された。
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