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解題・説明
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明治31(1898)年に南海鉄道尾崎駅から和歌山北口駅(現在の南海電気鉄道紀ノ川駅)間の延伸に伴い大正8(1919)年に尾崎駅と箱作駅間に新設された。 鳥取荘はかつて阪南市に存在していた荘園で、市内では他に筥作(はこつくり)(箱作)荘が資料で確認されている。 鳥取荘は、荘園名として室町時代初期の観心寺(河内長野市)文書等にその記載がみられ、観心寺領であったと推測される。その後、室町時代に足利義満によって伊勢神宮に寄進されたことが、『建内記(けんないき)』という資料に記されており、伊勢神社領になったと考えられる。 江戸時代になると、いくつかの文書に「鳥取庄」の文字がみられるが、この頃には既に荘園自体は崩壊しており、この「鳥取庄」は現在の箱作以南を除く阪南市域を示す用語として使われていたようである。このように阪南市域における荘園に関する資料は若干存在するものの、その範囲や成立の経緯、荘園内の村名、構造などの詳細については明らかでない。 「鳥取荘」は、現在も南海本線の駅名に「鳥取ノ荘」として残されている。
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