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解題・説明
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明治28(1895)年には、全国に729行あった普通銀行は、同34(1901)年には1867行に増え、大阪でも明治28年に49行だったものが同34年には85行に増えた。特に泉南郡(大阪府岸和田以南)においては11行と府下ではずば抜けて多く、本市域でも地元の財産家によって、明治31(1898)年に尾崎銀行、同33(1900)年に鳥取銀行が設立された。 その後、幾度かの銀行恐慌があり、地方小銀行として名実共に地方振興に貢献してきた尾崎・鳥取両銀行も、昭和2年公布の新銀行法の銀行集中政策により、巨大銀行への合併集中というやむなき憂き目にあった。 鳥取銀行は、昭和7(1932)年に上之郷銀行と合併して泉南銀行になった。更に、昭和17(1942)年に泉南銀行は阪南銀行に買収され、この阪南銀行は昭和20(1945)年に住友銀行に吸収合併された。銀行としての役割を終えた後は個人宅として活用されていたが、現在は建替えによりその姿を見ることはない。
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