第三節 縄文時代

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 地質学でいう更新世を経て完新世に入ると気温は次第に上昇し、ヨーロッパなどでは洞窟を住居としていた人々は明るい太陽の下で生活を営むようになり、日本列島の東北北部の地では、自然環境もマツ・トウヒ・ツガなど亜寒帯針葉樹林から、ブナ・コナラ・ケヤキなどの冷温帯落葉広葉樹林へと変わってきた(1)。
 一方、気温の変化に伴って海水面も上昇して現在の沖積(ちゅうせき)平野の低い地域に侵入し始め、縄文早期を経て前期の半ばごろになると、海水の侵入はピークに達し(縄文海進といわれる)、関東地方などでは東京湾の水が栃木県の南部付近にまで及び、現在の海岸線から直線で約六〇キロメートルの奥地に達していたことが、貝塚の分布から証明されている(2)。