目次
/
新編弘前市史 通史編1(古代・中世)
/
第4章 中世前期
/
第二節 鎌倉幕府の東夷成敗権と得宗領津軽
/
四 嘉元鐘の鎌倉武士
得宗北条貞時
250 ~ 251 / 553ページ
この鐘を寄進した大檀那は、崇演すなわち前執権の得宗北条貞時であるが、彼は当時幕府政治の得宗による専制化を図っていたから、得宗ゆかりの
津軽
の地においても、御内人の結束強化をねらってこの鐘を鋳造させたのであろう。
ちょうどこのころは、得宗の専制化によって北条氏内部での得宗の地位をめぐる覇権争いも激しく、貞時としては足元を固める必要もあった時期である。このころ
平賀郡
の岩楯村・平賀郷・乳井郷などで、貞時による地頭代職の安堵が一斉になされたのも(史料五九六ほか)、それと軌を一にする動きであろう。