明治三十六年(一九〇三)八月、自他楽会、二九会が究極の目的とした図書館建設も、両会会員の努力と教育関係者の研修団体である私立弘前教育会の肝入りによって私立弘前図書館の設立という形で実現した。
私立弘前図書館は本町産業倶楽部(クラブ)(現東北電力弘前営業所)の一室に開館されたが、これは自他楽会と二九会を母胎とし、その蔵書の全部を移管、寄贈したことから生まれた。自他楽会会員らは有志に呼びかけて図書館の会員組織を作り、会費一口一〇銭を徴収して年間五〇〇円の予算を計上、うち一五〇円は市の補助を仰ぐことにし、私立図書館を運営することになった。初代会長は朝陽小学校長であり、私立弘前教育会長でもあった赤平良輔で、開館日は水、土、日の週三日だったが、間もなく週五日となった。