洋風建築の黎明

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わが国の近代(洋風)建築黎明は、幕末の洋風建築までさかのぼり、そこには大きく二つの流れが存在する。一つは、幕末及び雄藩の産業的建築物であり、いま一つは、安政六年(一八五九)の開港に伴う箱館、横浜、長崎、神戸などの外国人居留地における洋風建築群である。
 産業的建築は、西洋人建築技術者によって設計・施工の指導がなされて、日本人技術者はこれらの施工にかかわる過程で多くを教わり、学んだことであろう。また、三百年の鎖国を解いて開港された町の外国人居留地では、列強各国の領事館や商館が建設され、住宅街や教会が造られていった。これら建築の建設は、外国人施主の下で日本人の棟梁や大工・石工・左官の職人が当たったが、いち早く異国の先進構造技術や工法を貪欲に学び取り、みずからの工夫で洋風化を目指した者たちがいたに違いない。明治十年(一八七七)、工部大学教授としてわが国に本格的建築家を養成するためにイギリス人建築家ジョサイア・コンドル(一八五二-一九二〇)が来日する以前のことである。