夏季オリンピック

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弘前市出身のオリンピック・メダリストで、不世出の天才と呼ばれたのがレスリングの赤石光生(あかいしこうせい)である。
 赤石光生は昭和四十年、弘前市高杉に生まれた。弘前市立第一中学校から八戸光星学院高等学校へ進学。高校二年のとき、すなわち昭和五十六年に、初めての国際試合ジョリエット・ジュニア世界選手権で二位に入賞して頭角を現した。同年の第一回アジアジュニア選手権六〇キロ級では早くも優勝。以後、平成五年の全日本選手権で最後の優勝したこの一三年間で、大きな大会四五試合で、実に優勝が二八回という驚異的な成績を残している。
 わけても、昭和五十九年、夏季オリンピック・ロサンゼルス大会六二キロ級フリースタイルで銀メダルに輝いたのである。さらに、六十三年、ソウル大会の六八キロ級同で第四位。平成四年のバルセロナ大会同級同第三位という、みごとな成績である。まさに向かうところ敵なしである。