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解題・説明
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年代:明治八(1875)年 別に「漁夫と樵夫の図」ともいう。 沖冠岳:明治九(1876)年没 沖庸と云う、今治風早町に生る。河野家の画法を善くし、長じて後は多く江戸に住す。明治三年の筆になれる、東京浅草観音堂奉納豊干禅師(一名四睡之図)の大作は、霊腕を以て広く世に称せらる。今治地方の神社仏閣にも多くの扁額あり。吹揚神社の今治城の二面の額も冠岳の筆。明治九年七月歿す。伊予地方の山下桂岳は門弟。 参考文献:【「今治地方の絵馬」矢野徹志著『今治史談 昭和52年10月2日』今治史談会発行】【『政治経済と教育 資料集 近・現代Ⅰ 今治郷土史 第六巻』今治郷土史編さん委員会編 今治市役所発行 平成2年】【『小児科の名医猿画の大家 山本雲渓』秋山英一著 「雲渓伝」刊行会 昭和36年】 綱敷天満宮:今治市桜井6丁目2番1号
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