今治市立図書館/国府叢書・文化財絵はがき

平家物語下絵小図絵巻

「平家物語絵巻」は、平清盛をはじめとする平家一門の栄枯盛衰を琵琶法師が語り継いだ叙事詩である「平家物語」を描いた絵巻物である。今治市河野美術館の蔵本は、松平楽翁(定信)が、家臣であり絵を学んでいた竹沢養渓に描かせたもの。考証など細かく指示して描かせていたが、養渓が病身となって筆がおぼつかなくなってのち、息子の伊舟が拙いながらに引き継いで描いた。完成しなかった作品とはいえ、精緻な描きこみや時代考証など目を引く点は多い。描きなおしの痕跡も魅力の一つと言える。

西行物語

原本は鎌倉中期の土佐経隆の筆。転写本は少ないといわれる。本巻は承応三(1654)年の写で、西行法師が鳥羽院の北面の武士から世のはかなさゆえに出家し、吉野をはじめとして、難波・伊勢・四国などを遍歴し、ついには往生した姿を歌を中心にしながら描いた絵巻物である。藤原俊成が歌や歌論から「幽玄」の境地を得たのに対し、西行は自然の中を放浪し、自然に対する愛により「幽玄」の境地を得た。歌は、「三家集」「西行上人歌集」など二千百首余を数える。その歌「願はくば花の下にて春死なむその如月の望月のころ」のとおり、文治六(1190)年二月十六日七十三才で没した。今治市河野美術館蔵本は東京国立博物館に所蔵されている徳川本の模本と全く同一の系統である。詞書の運筆などが徳川美術館本に極めて酷似しており、画面についても精巧な模写がなされている。

参考文献:『今治市河野美術館 館蔵名品図録(1) 河野美術館 昭和63年発行』『ふるさと今治の文化財 今治市教育委員会 平成2年』

後三年役絵巻

原本は南北朝(1335~1392)の頃作られたらしい。この合戦は、平安後期、奥州に起った内乱で、源義家が清原家衡を滅ぼした戦いである。これを後三年の役という。この合戦を絵巻にしたのが「後三年役絵巻」である。江戸期(元禄十四年以降)にその模写本がいく種類か作られ、今治市河野美術館蔵本は、奥書より元禄十四(1701)年十月以降に東京国立博物館蔵本(池田家旧蔵本、貞和三年作)を模写した模本で、精巧な模写でなまなましい戦闘の描写、武将の鎧などみずみずしく描かれている。模写の作者、時期などは不明。原本は、北条氏に長く秘蔵されたが、後に池田輝政の手に渡り池田家の家宝として伝わった。

参考文献:『ふるさと今治の文化財 今治市教育委員会 平成2年』『後三年合戦絵詞(日本絵巻大成15) 中央公論社 昭和52年』

信貴山縁起

信貴山縁起絵巻(原本)は奈良県の信貴山朝護孫子寺にあり、平安末期の画僧鳥羽僧正の作と伝えられ、国宝。「源氏物語絵巻」「鳥獣人物戯画」「伴大納言絵巻」らとともに四大絵巻物に数えられる。この絵巻は信貴山寺の中興である命蓮上人に関する物語で「飛倉」「延喜加持」「尼公」の3巻からなる。「飛倉の巻」は命蓮上人の托鉢用の鉢が長者の倉へとり込まれたので倉ごと飛んで帰る物語。「延喜加持の巻」は命蓮上人が尊いお方の病気を加持祈祷で治した話で、剣であんだ衣を着た護法童子が山から馳けおりるくだりが圧巻である。「尼公の巻」は命蓮上人の姉の尼公が二十年も帰らぬ弟を探しあて、弟と共に仏道修行をしたという物語である。今治市河野美術館蔵本は江戸時代の摸本。絵のあとに「信貴山縁起三軸の模、左京藤貞幹所蔵をこい得てこれを写す。天明五(1785)年冬十月源為叙」とする書付が見られる。藤貞幹(とうていかん/ふじわらさだもと、1732-1797)は有職故実研究者。源為叙(みなもとためのぶ)は未詳。簡易な摸本であり、かなり線・彩色を略している点も見られる。ただ、部分的に文字で色や模様などを示しているところもあり、模写という行為について知ることができる。

参考文献:『今治市河野美術館 館蔵名品図録(1) 河野美術館 昭和63年発行』『ふるさと今治の文化財 今治市教育委員会 平成2年』

塩谷文正物語絵巻

『文正草子』と呼ばれる物語は、室町時代の成立といわれ、『文正物語』とも『塩売文太』『塩焼文正』などと称せられ、さまざまな名が残されており、多数の絵物語や奈良絵本が作られた。『塩谷文正物語絵巻』もそのひとつで、物語を絵巻化したもの。物語の内容については、常陸国鹿島大明神に仕えていた文太(文正)は、塩焼(製塩)で大成功して大長者となり、鹿島大明神から二人の美しい娘を授かり、娘の一人は中将と結ばれ、もう一人は帝と結ばれ王子を産んで、文太(文正)も大納言に出世するという、たいへんめでたい物語である。立身出世と栄華を描いた物語が好まれ、「初めより後までも、もの憂きことなくめでたき」物語であることから、婦女子のお正月の草子読み初めに用いられたり、嫁入り道具に加えられた。今治市河野美術館蔵本の『塩谷文正物語絵巻』は販売元の印などから、近世初期頃の成立と考えられ、美麗な絵を備えており、本文も特色あるものとなっている。嫁入りの品として持たれたものかと推測される。本文については、『文正草子の研究 岡田啓助著 桜楓社 1983年』に詳しく研究されている。

参考文献:『日本古典文学大事典 明治書院 平成10年』『日本文学大辞典 新潮社 昭和30年』「愛媛新聞 昭和46年1月9日 愛媛の文学資料<24>塩谷文正物語」

【解説協力】今治市河野美術館:愛媛県今治市旭町1-4-8