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目録ID mp200670-200020
タイトル 真珠院秀快上人入定堂・石室(入定堂)
タイトル(カナ) しんじゅいん しゅうかい しょうにん にゅうじょうどう せきしつ にゅうじょうどう
タイトル(ローマ字)
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発売・製作者
発売・製作者(カナ)
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数量 1棟
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言語 日本語
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内容
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解題・説明 真珠院第22世秀快(しゅうかい)上人は、享保2年(1717)刈羽郡藤井(ふじい)村(現・柏崎市藤井)の竹田家の長男として生まれ、9歳にして刈羽郡長鳥村の真珠院(真言宗)第20世秀清上人の弟子となり、名を秀快(しゅうかい)と改めた。享保17年(1732)豊山派総本山長谷寺に留学して大学僧に就任するなど精励に努め、宝暦5年(1755)に帰村して真珠院第22世住職となった。50歳にして深く入定を決意し、穀を断って修業すること10年後の安永9年(1780)3月に、同院裏山の堂宇内石室に入り、真言を唱え五鈷杵(ごこしょ)をかざし、鈴を打ち鳴らし続け、ついに3月21日に入定した。年は62歳であった。入定堂は、安永8年に建立、堂宇拝殿の格天井(ごうてんじょう)の絵は、岡野町の画家村山致道(ちどう)の作であり、また同じく梵字は乙宝寺の瑜伽僧正(ゆがそうじょう)の書である。平成19年中越沖地震で被災したが、修復された。
解題・説明(英語)
来歴
来歴(英語)
所蔵機関 柏崎市高精細デジタルアーカイブ
原資料の所在地
資料番号 142
管理記号 142
カテゴリ区分 建造物
資料種別 史跡
資料分類(大分類) 建造物・史跡・名勝
資料分類(中分類)
資料分類(小分類)
文化財情報 市指定文化財
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自治体史掲載
出版物・関連資料
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