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概要
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【菊池五山の一】 『国郡一統誌』に「久木野大林寺ハ観世音像ヲ安(置)ズ」とあり、『肥後国誌』では九儀野山、久木野山、実相山ともいう禅刹の跡であると記す。15代菊池武光が菊池五山を定めたとき、地理的にほぼ中央に位置する所に九儀山大琳寺を建立したとされる。 天文19年(1550)9月、大友義鎮(宗麟)は北福寺の永珠を大輪(琳)寺住職に任じている。 文化11年(1814)頃の『深川手永手鑑』には「氏仏大日 菊池時代九儀山、又ハ中央山大琳寺ト唱エ、菊池五山之内」と記す。 もとは現在地から南の「古堂」と呼ばれる田地にあったが、宝暦5年(1755)、大風で倒壊し現在に移された。
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