概要
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【千本槍の考案者】 菊池武重は12代武時の嫡子で、元弘3年(1333)、博多の鎮西探題北条英時の館に父と共に討入るところであったが、武時は武重に故郷に帰り、菊池家を再興するように命じる。 13代肥後守となった武重は、のちに菊池千本槍(きくちせんぼんやり)と呼ばれる槍を考案、また菊池家憲を制定して一族の団結を図った。 墓は東福寺の歓喜院跡にあり、文化13年(1816)に建てられた。亀をかたどった台石は亀趺(きふ・亀の形をきざんだ碑の台石)と呼ばれ、菊池一族の墓では他に15代武光、17代武朝、23代政隆に見られる。
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