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概要
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花房台地の北を流れる菊池川が、南から西に大きく流れを変えるところに出田の集落があり、比高差25mの丘の上が城跡とされている。 『菊池風土記』に「出田村に在り 出田太郎代々居す。十八外城の内、今城跡を俗に鬼石という」と記されており、『肥後国誌』には天正年中(1573~92)まで城親賢(じょうちかまさ)が在城したと伝えるが、一説では天文(1532~55)頃まで親賢の父、親冬が在城したともという。 城跡は丘陵地の先端部、直径10m足らずの円形をしている台地からは、菊池平野を一望できる地の利があり、梨木坂、万太良坂を前後に控えて側面からの敵を防ぎ、前方には菊池川が流れる天然の要害といえる。登り口から城跡へは108段の石段があって、城跡には宮地岳神社、金毘羅宮、風除け権現が祀られている。また城跡の近くに菊池五山の一つ手洗山南福寺がある。
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