概要
|
菊池・阿蘇スカイライン道路の第二駐車場より北へ約1kmのぼった丘陵上にある市成城跡で、明治初年に高さ40cm、口径60cmの古い甕が出土している。この甕は須恵器の一種で行基焼と呼ばれるものである。甕は百済系の渡来人といわれる奈良時代の高僧である行基が、初めて焼いたという俗伝から行基焼といわれる。平安末期から鎌倉時代にかけて丘陵の斜面に作られた半地下式の登り窯で焼かれたもので、「朝鮮土器」ともいわれる。上代の土器と近世の陶器との中間に位置する焼き物であり、須恵器に比べて焼きが弱い。表面口縁部に押型菊花文が、肩部に3本の線刻、底部には1本の線刻が施されている。
|