ここに公開する漁場図は、各地域の非農業文化や経済活動を知るうえで歴史的価値の高い文化的資源です。これらは神奈川大学日本常民文化研究所が、かつて政府により委託され日本全国の海村から収集したもので、その数は約700点に及びます。多くは江戸時代から第2次大戦前にかけて作成されたもので、さまざまな漁場の様子が描かれています。これらの漁場図を高精細なデジタル画像とし、絵図面の中に記されている文字情報(くずし字)を翻刻して示し、景観情報など多様な検索が出来る利便性の高いデータベースといたしました。
戦後間もない1949年から1955年にかけて、農地改革に続いて漁業制度改革の必要性を検討する目的から、水産庁が日本常民文化研究所(以下「常民研」と表記)に委託して全国規模の漁業・漁村史料の収集・保存事業が行われました。これは漁業制度資料調査保存事業とよばれ、北は北海道から南は九州まで全国の海村に伝えられてきた近世前期から近代にかけての膨大な数の漁業・漁村資料が収集されました。
収集された資料(「筆写稿本」)は人の手により筆写されました。その数は約30万枚(220字詰め原稿用紙)におよび、現在、常民研と水産資源研究所(国立研究開発法人水産研究・教育機構)に1組ずつ保管されています。そのうち文字資料については現在デジタル化が進められていますが、本来文字資料に付属してあったはずの絵図面(その多くは漁場を描いたものであるため、以下では「漁場図」と表記)のうち大型のものについては、その多くが文書とは切り離されて常民研に残されています。
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本データベースは、常民研の共同研究「海域海村の景観史に関する総合的研究」(研究期間:2015―2024年度、研究代表:安室知)の成果物であるとともに、常民研創立100周年を記念して制作されたものです。1921年に創建した常民研(当時はアチックミューゼアムソサエティ)は、その発足の早い段階から海村・海民史の研究に取り組み、これまでも能登半島や瀬戸内海の島嶼部において多くの研究蓄積をなしてきました。そうした動向を受け、この共同研究は常民研が所蔵する漁場図を主な対象として、景観史という新たな分析視角を提示することを目的に開始されました。
海(内水面を含む)は水産物だけでなく多様な資源を生み出します。その開発・利用に当たっては、人・物・情報の行き来を促し、そうした営みを通して社会知や民俗知が膨大に集積される空間となっています。反面、負の記憶として、海域の利用をめぐっては、個人や村のレベルから国際的な問題までさまざまな対立や紛争を生んできたし、大きな災害や事故が歴史的に繰り返されてきました。漁場図に描かれた景観にはそうした海をめぐる歴史文化情報が埋め込まれています。
これまで、この共同研究の成果は、講座やシンポジウム等により一般に発信されるとともに、研究論文を主とする報告書2冊(『歴史と民俗』33・38号)にまとめられています。しかし、研究対象とした漁場図そのものについては、保存上の観点から一部の利用に限られてきました。そうした状況を打開すべく、漁場図の高精細デジタル画像をデータベース化して公開することとしました。
本データベースの制作は、上記の共同研究と並行しておこなわれ、主に常民研の所員・職員(安室知・越智信也・平田茉莉子・山本直美)がチームを組んであたっています。また多くの本学学生や大学院生も協力者として参画しています。
2025年3月14日
安室知(神奈川大学日本常民文化研究所所員、共同研究代表)
当事業は公益財団法人図書館振興財団の2024年度提案型助成を受けて実施しています。