久喜市の遺跡
久喜市内には旧石器時代から江戸時代までの120か所を超える遺跡が確認されていますが、その分布状況は地形と密接に関係しています。
久喜市は、主に大宮台地と加須低地・中川低地からなり、地形はおおむね平坦で、わずかに高いところとして、台地の他に、河川沿いにある自然堤防、高柳や西大輪に見られる河畔砂丘があります。
このうち、台地が分布する久喜地区と菖蒲地区に遺跡が相対的に多く、自然堤防や低地が主体の栗橋地区と鷲宮地区は遺跡の数が相対的に少ない傾向があります。ただし、久喜市内は、関東造盆地運動と呼ばれる地盤の沈降運動の盛んな地域であるため、台地が沈み、その上を河川などにより運ばれた堆積物が覆った埋没台地も存在します。一見すると低地と思われる場所の地下にある埋没台地からも古い時代の遺跡が発見されています。

足利遺跡出土旧石器
足利遺跡は、標高10から11メートルの旧利根川の自然堤防上に位置します。昭和47(1972)年、久喜市立本町小学校の建設に伴い発掘調査が行われました。
縄文時代後期の集落を中心に、旧石器時代から古墳時代までに至る各時代の遺構や遺物が出土しています。
旧石器時代の遺物は、ナイフ形石器・細石刃・尖頭器など11点で、後期旧石器時代後半(今からおよそ15,000年から12,000年前)の代表的な石器が出土しており、「足利遺跡出土旧石器」として市の文化財に指定されています。

佐間小草原遺跡出土遺物
佐間小草原遺跡は、現在のところ市内唯一の中世墓群を伴う遺跡です。昭和44(1969)年の土地改良工事中に多量の板碑が発見され、緊急調査が行われ、その後、栗橋町史の編さんに伴い、平成17(2005)年に同遺跡の学術調査が実施されました。
その結果、遺跡内を区画するようにして溝跡等の遺構が検出され、漆塗り椀や瓦など生活に伴う遺物が出土したことから「寺」や「館」などの生活空間と、板碑や蔵骨器が出土する墓地という異なる性格を併せ持つ複合的な遺跡であることがわかりました。
出土遺物計106点が「佐間小草原遺跡出土遺物」として市の文化財に指定されています。