解題・説明
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①当時十八歳のある学生は昭和七年二月二十九日の日記にこう書いている。「水戸連隊に動員令が下ったと、人々がおののきを覚えたのは去る二十三日の夜であった。それから本日まで中五日、このあいだに予備後備の召集があり、いよいよ本日の出征となった。/午後三時五十五分と六時五十五分、七時四十分の三回に二連隊と工兵隊の兵士が水戸駅から征途についた。この日空はからりと晴れあがり、風も暖くよき出征日和であった。/家々には軒並み日章旗がひるがえり、『祈武運長久』ののぼりもかかげられて、駅までの街路は日の丸の小旗を振る見送りの市民の群れで埋めつくされた。/進軍ラッパを先頭に、隊伍堂々と進む兵士の姿を見た時、人々の興奮は絶頂に達した。万歳の声天地を圧し、市民のひとしき熱誠はこの熱狂的送別となってあらわれたのである。しかし人々の熱狂に比して兵士の面持に悲壮なものを私は感じた。死を決して敢てそれに立ち向かわんとするその気持をジッとこらえて、見送りの歓呼にこたえているその心底が僕にもうかがえて、思わず『兵隊さん、有難う――、ご無事で――』と心の中で祈った。」
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