解題・説明
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26代当主久寛の写真。髪形も服装もすっかり洋風に変わった姿で写っています。久寛は、島津久静の長男で、母は島津久光の娘です。廃藩置県後、久寛は鹿児島に居住し、その後東京へ上京しました。かわって、明治維新政府によって、鹿児島の下級武士であった三島通庸が都城の地頭として派遣され、治めることになりました。一方、旧家臣団は久寛を地頭として都城に戻してほしいと嘆願書を作成しましたが、これは叶いませんでした。 その後、明治12年(1879)に久寛は都城の芳井崎に邸宅を整備し、都城島津家当主の居宅となりました。
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