宮崎県都城市は、霧島連山の麓、都城盆地の中心に位置しており、むかしから交通の要所、自然豊かなまちとして栄えてきました。平成18年1月1日に旧都城市、北諸県郡山之口町、高城町、山田町、高崎町が合併して、新たな「都城市」が誕生しています。
現在の都城市は人口約16万人、南九州では鹿児島市、宮崎市に次いで3番目、面積は延岡市に次いで県内第2位の広さです。そして地理的位置から交通の要所として、鹿児島県曽於市・志布志市の経済圏の中心都市として位置付けられています。
このデジタルアーカイブは、都城市が所蔵・保管する都城の歴史や文化を示す貴重な資料をデジタル化して公開するものです。都城を知る手掛かりとなる資料をより多くの人に活用していただき、都城市の歴史・文化・自然の魅力を再発見して、それを広く発信されることを期待します。
都城盆地には、約2万8千年前から人が生活していたと考えられています。その後、古代には古墳も造られ、中央政権との関係を示し、11世紀には日本最大の荘園となる「島津荘」が都城を拠点に開かれました。12世紀末に荘園の管理者となったのが島津氏の始祖忠久で、これらのことから、都城は「島津発祥の地」と呼ばれています。
都城地域は南北約30km、東西約31kmの宮崎県内最大の盆地で、約2万8千年前から人が住むようになり、その歴史を刻んできました。都城市はその中心に位置しています。
ここでは都城について知るための資料がご覧いただけます。
都城島津邸は都城島津家が明治以降に居住した邸宅で、現在は博物館として整備され、今にその歴史を伝える施設となっています。
ここでは都城と都城島津家、そして都城島津邸について紹介します。
都城市に残る地名は、北郷氏の居城「都城」をはじめとする中世の山城や、江戸時代に形成された村・町の名称が由来となっています。そして、江戸時代以降、明治期の市制・町村制など様々な変化を経ながら現在の市域が成立してきました。
ここでは、それらの様子を、江戸時代に作成された絵図と現在の地図とを比較しながらご覧いただけます。
都城島津邸が保管する史料を、伝来した家ごとに分類し紹介しています。
都城島津家史料は領主であった都城島津家に伝来した史料で、一括して宮崎県の文化財に指定されています。後藤家は近世以前鹿児島藩の御用船を担い、近代には地域の名望家として活躍した家で、伝来史料は一括して都城市の文化財に指定されています。
当事業は公益財団法人図書館振興財団の2023年度提案型助成事業として助成を受け実施しています。