富永仲基に対して加藤が関心を抱いたのは、ヴァンクーヴァーのブリティッシュ・コロンビア大学時代の1960年代にまで遡る。そのころに採られたノートである。仲基は大坂の町人の世界に生きた思想家であり、官製イデオロギーである朱子学から比較的自由な立場をとり、きわめて独創的な研究を進めた。神仏儒の教義の歴史的発展を「加上」の原理によって、客観的にかつ思想史的に論じた。本ノートでは仲基の伝記的事実が記され、仲基の代表作である『翁の文』についての註が書かれる。このノートを基にして「仲基後語」(1965、『三題噺』所収)という小説や、《Tominaga Nakamoto, 1715-46: A Tokugawa Iconoclast》(1967)という論文や、『富永仲基異聞 消えた版木』(1998)という戯曲を著した。