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目録ID ku004025
タイトル. 版. 巻次 ひなげしの種
タイトル. 版. 巻次(カナ)
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花溢れゐき
ひなげしの種
われの持つ網膜の疵仰ぎ見る白磁の壼は肩に影置く
人知れず来む春に待つ何あらむ砂にまぜて播くひなげしの種
諦めてなすこととなさぬこととあり思へばながくピアノを弾かず
水位計の立つあたりまで今日は行き牛小屋のあることも知りたり
何になる鉄とも知れず積まれをり落ち葉を踏みてたれか近づく
霧ふかき夜を戻りつつふりかへるいまだ地図にもなき切り通し
あたためしミルクがあましいづくにか最後の朝餉食む人もゐむ
人のためなし得ることの小さくて短き釘をわれは戸に打つ
見下ろしの積み木の街のひろがりを分けて流るるゆふべの霧は
ヒロインのごとくに老いし人と会ひ今に美しき歯並びも見つ
幼な子の貸してくれたる黄の傘をふたたびさして手もと明るし
ためらひて贈ると決めし箱の上淡き影なすリボンを結ぶ
いづくまで行きしや月の夜の更けをつゆけき犬となりて戻り来
眠るほかなき時間来て裏返しのままなるわれの髪のピン抜く
潮さゐにまぎれてゐたる耳鳴りの眠らむとしてまた帰り来る
髪型の違へるをいたく驚かれ変化とぼしき身と気づきたり
合歓の花の色に染みゆく雲の果て矛盾は今もわれに美し
入り日差す坂をのぼりてゆく心石のごとくに照ることもなし
駅までのしばしを歩み別れしが九官鳥は死にたりといふ
河口近き鉄橋を渡る夜汽車見ゆ垂れし双手のさびしきときに
卓上の蘭の葉先のゆれながら向きあふ顔をよぎるときあり
靴下の赤かりしことのみ思はれて狭き階段を昇りはじめぬ
巻貝の先かたむけて目に見えぬ螺旋の糸をひきのばしゆく
螢光灯いつせいにともる時に遭ひ誇らむものの何一つ無し
いづこにも風は吹きゐず花の香に乱されて醒めしまどろみのあと
夢のなかの出会ひといふも敢へなくて防空壕は水漬きゐたりき
丸衿の紺の制服幾何を好む少女のわれはいづこへ行きし
わきまへのなき犬ながら限りなくまろびて遊ぶ注射のあとを
妹に揺り椅子一つ買ひやらむやはらかき春の日ざしとなりぬ