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目録ID ku004032
タイトル. 版. 巻次 地軸
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花溢れゐき
地軸
たますだれ咲く路地深く住み古りて今に雉子を飼ふことも知る
人の名も本の名もみな忘れたし野いばらの香は睡りを誘ふ
目に見えて滞るごとき時間あり窓におりくる蜘蛛一つ無く
散らかせる部屋に入り来し妹の梔子の花をわれに嗅がしむ
鏡台に古き紅皿しまひおく姉の形見も少なくなりぬ
変ることを怖るる勿れといふ言葉若き日に読み今また思ふ
水替へてふたたび黄薔薇挿さむとし壼のうちなる暗闇ふかし
仰向けの髪つくづくと梳かれゐて地軸といふはどの方角か
みづからを促して出づるほかはなく今朝は新しき白の靴履く
店先に荷のほどかれてまろぶなか濡れし馬鈴薯幾つまじれり
何事かつぶやきながら急ぎゐる足音なれば追ひ越さしめぬ
客足のとだゆる待ちて少年の同じところを幾たびも掃く
十年目のわが犬のため朱の色の首輪サイズを確かめて買ふ
その音をたのしむ児らか積まれゐる土管一つ一つ叩きて数ふ
入り口に近くたちまち崩さるる絵本積むことも仕事の一つ
クレパスの色を変へつつ幼な子は雲のかたちを作りて倦まず
地下室に小半時ゐて気がつけばけものの如く手足のよごる
うとましき思ひもまれのよろこびもあらはに言ふをわれは好まず
囚はれの時間のなかに疑問符のキイ叩くとき強し小指も
蟻地獄探しゐて出口を見失ふ怖れのごときを今に持ちつぐ
伴ふはたれとも知れず行く旅の夢醒めて見ゆる野川ひとすぢ
目の前に湧きて殖えゆく穂すすきの遠き異変を伝へてやまず
対岸は何の工場か昼すぎて壁の曇りの消えざる日あり
くだりゆく坂の片側月さして泡だつさまに砂利のかがやく
喪の幕に仕切られて寒き土が見ゆ幾たび人を葬りしならむ
眠りゐる仔犬の耳のふとうごきやがてとなりのドアのあく音
毛糸の玉はやさしく膝へ帰りつつ妹に編む青のストール
告げられぬ病名を思ひ出でて来て繃帯まみれの男に出会ふ
いづこまで帰るやガラスの指輪して夜毎のバスに落ちあふ少女
歌垣の夜のごとき月のくぐもりに音をかさねて落ち葉降りつぐ
含みたるチーズの舌につめたくてたはけのわれをうつつに返す
唐突に木の実降る音屋根に来てわが呼び醒ます木枯らしのこゑ
上野までの一時間がほどに思ひたることの大方降りて跡無し
紫のサリーの少女歩みたりひさびさに行く銀座のよひに
身一つの置きどころふと韃靼の踊りのなかにまぎれゆかしむ