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さいたま市立大宮図書館/おおみやデジタル文学館 ―歌人・大西民子―
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全短歌(10791首)(資料グループ)
春のうしほ(目録)
/ 11652ページ
目録ID
ku007003
タイトル. 版. 巻次
春のうしほ
タイトル. 版. 巻次(カナ)
タイトル. 版. 巻次(ローマ字)
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風水
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関連目録
風水
春のうしほ
若き日を知らねば母の簪の一つさへわが見たることなき
鬼百段の階ありと謂ふ夜もすがらミシン踏むともいくばくを縫ふ
坐りゐて胸の騒げりわがなかに今まざまざとゐる敵一人
荒縄を帯に巻けるも聖者ゆゑひとりひとりがさだめをになふ
丘の上に残れる木立きはだてて人工光線のごとき夕映え
粉末を手に握るときの感触を思へり遠く施肥なす見つつ
言ひ出でて嘆くことにもあらざれば並びて待ちて切符を買ひぬ
をりをりに現るる扉のごときものとばりの如きものに救はる
今にして迷ふと知らばかなしまむ死者に思ひの近づきてゆく
踊りの輪を抜け出でてひとりくらがりにゐたりし夢のあとへ続かず
販売機よりをどり出でたる銅貨二枚地面の闇に吸はれてしまふ
新しき持ち場に慣れてゆく日々に木蓮の花も終らむとする
印押しておきたるのみにわれの手にまた戻りたり古りし楽譜は
目を凝らし獲物を待つといふごとき緊迫もなく過ぎむ一生か
指先に視線あつめて織られゆくひとすぢの縞のオプテイミズムよ
幾重にもかかれる橋の見えてゐて川上の橋を電車に渡る
パンの顔丸く陽気に描きたりピカソもいまだ若かりしかば
暗黒の空にありたる断片の虹も消えたり画廊出づれば
帰りゆくほかはあらぬか人の手にわれの切符は買はれてしまふ
遠ざかり来しわれは何のかたまりか水のほとりに声もなくゐる
たのしよとのみに啼くにもあらざらむゆふべ雲雀の複数のこゑ
見下ろしに描ける村の全景に望楼ありて一人昇れる
湧き出でて身を押し包み去りてゆく霧のごときかわがかなしみは
うちつけに愕くことの少なきを恃みて人のさまざまに問ふ
物を言ふをりをりにのみ存在し人ら並べりながき会議に
もう一人入れて写真をとらむとし事務所よりたれか出で来るを待つ
交替の準備なしつつ一人一人の存在濃ゆくなる時間帯
屈するは膝のみとして立ち直る若き日ありき勤めて長き
計算器を打ちて二時間今のわれは数値詰めたる袋のごとき
迎合の思ひ湧くとき信号が青にかはりてこと無きを得つ
働くことはよごるることか帰り来てハンカチを洗ふゆふべゆふべに
手袋のチュールに透かすトパーズを賜ひし人もすでにおはさぬ
満員のバスに揺られて通ひつつ帰りには見ず桃の花さへ
美しき断崖として仰ぎゐつ灯をちりばめしビルの側面
形代を燃して焔を立てしのみ雛の夜を睦まむ妹はゐず
亡きあとの家を守りつつ釘一本打てざりし人なりしを思ふ
うるほひて固まる砂と思ふまで鎮まりてありこよひのわれは
姿無く来るといふこともあるらむか思ひ直してミシンを踏みぬ
毛皮もて耳を覆へる写真など出で来て戦争の記憶を返す
塹壕は何に見えしやたどりつきて落ち込みざまに果てしと伝ふ
山鳩のしき鳴く聴けば戦場の雑木林も芽ぐまむころか
浜木綿のもつるる花を見て醒めてもやもやとせり天井の闇
台詞の無いドラマのやうな五日経てまだ生きてゐる喉乾きゐる
病室の螢光灯も天井にはりつけられて窮屈に見ゆ
窓をあけぬ限りは見えぬ安らぎに椋鳥らしき気配聴きゐる
二十日寝て窓をあくればわが庭の春のもみぢのうすくれなゐよ
待ち時間長くなりつつ家族の無きことなどもつひ言はねばならず
トラックの停まりてあれば思はざる大きタイヤを目の前に見す
堕天使にはなり給ふなといふ言葉十年過ぎてをりをり還る
幾ひらの花びら濡れて貼られたるバッグを膝にしばらく憩ふ
雪国は一気に何の花も咲く幼くて見しあんずの花よ
さまざまに縛られてゐむ水晶はつねつめたしと思ひなどして
バッテリーライターと謂へり思ひ切り高く焔を伸ばしてあそぶ
堰さへもみづから作りとどまると未だ残れる力を思ふ
降り出づるけはひ知りつつ起ちがたしもう少しにて見境がつく
信号を待つときのまに風の来て和服の人の殊に吹かるる
美しき手を持つ少女仰ぎ見て白のベレーをかぶれるも見つ
家に待つ仕事思ひて帰る道裾がおもたし冬のコートは
劇薬となる分量も意識してのまねば癒えず古りたる傷は
どのやうに高度を測る鷗らか這ひ松の上をすれすれに飛ぶ
朝霧を透かして山の見え初めぬなづみつつ描く下絵のごとし
高まりつつ迫れる波のつぎつぎに光の束をほどきて崩る
重量を増して一気に落ちむとし入り日はしばし赤くくるめく
うすら赤く太れるトマトを押し上げてゐる力など今なら見ゆる
太き茎をあらはに倒れし蕗見れば嵐のあとの風生臭し
足もとの今渕なせりひとたびは沈まむほどの気概湧き来よ
ほろびゆく肉体のなか最後まで生きて見えゐむわが目と思ふ
われの名をたれか呼ばぬか同じやうな抑揚に父母はわれを呼びにき
いつまでも憶はるることもつらからむアネモネの束を供華に賜ひぬ
窓ガラスを対角線に切りやまぬ雨見てあれば次第に激す
玉乗りの少女は声をあげむとしいつまで堪へて絵のなかにゐる
幼くて父と行きたるサーカスに火の輪くぐりの獅子などもゐき
舞台の上は萩も芒も枯れ果てぬなまじひに言ひて思ひ伝へず
すべあらぬ思ひなれども芽ぶきたる柳などよりはるかになびく
遠ざかりゆく帆船の信号に濁れりといふ春のうしほは
双眼鏡の円に入り来る椎若葉一枚づつにほぐれてうごく
あらはなるよろこびに似む風出でて樟の若葉のささめきあふは
楕円形の大き鏡に映りゐる階段をたれかとく降りて来よ
一本の木としてわれを思ふとき花の終りに降る雨寒し
黒板に書かれし数字地殻の持つ思ひみがたき厚みを教ふ
壁面の地図に朝鮮半島もサハリンも滴垂るるかたちす
地表にいまボール一つが残されて外切円をなしてしづまる
ひさびさにピアノ弾かむに今朝のみし薬の匂ひ指に残れる
菜の花も穂先まで咲きて咲き終へぬ思ひ遂ぐるといふやさしさに
雨のはれまのあかるき声を渡しゐる陸橋が視野にありて近づく
錫いろにひろがりて木々を覆はぬか地にしづまれる一枚の箔
雨季迫るきざしかわれの足音のタイルに吸はれ廊を往き来す
人を降ろしまた乗せて発つバスの持つ安定感を振り返り見つ
さまざまに人の訪ひ来て言ふ聞けばイドラのわれはいづくさまよふ
カンテラをとぼして見ゆるものを見む残り少なし光の量も
無防備に行くといふにはあらざらむ身に寸鉄も帯びずといへり
蔓薔薇の棘のさだかに見えゐしがもやだつ雨につつまれゆけり
夜は夜の仕事にまぎれ日中にありたることのなべて思はず
吹き降りの雨となりつつ夜に聴けば風の声のみ折り返しくる
印度更紗の布を裁たむか目に見えてはかどる仕事こよひはしたく
畳一枚が持てるほどよき大きさに一枚として見つつ驚く
渦なして中心のなき思ひよりふと抜け出でて夜明けを眠る
輪郭のほほけて夢にあらはるるまでに古りたり鍵のゆくへも
魚の群れに混りゐたれば人間のわが名呼ばれて大き口あく
百合活けて壼のおもたき日と気づく顎に触れたる花のつめたさ
ナビゲーション リンクのスキップ
風水
春のうしほ
若き日を知らねば母の簪の一つさへわが見たることなき
鬼百段の階ありと謂ふ夜もすがらミシン踏むともいくばくを縫ふ
坐りゐて胸の騒げりわがなかに今まざまざとゐる敵一人
荒縄を帯に巻けるも聖者ゆゑひとりひとりがさだめをになふ
丘の上に残れる木立きはだてて人工光線のごとき夕映え
粉末を手に握るときの感触を思へり遠く施肥なす見つつ
言ひ出でて嘆くことにもあらざれば並びて待ちて切符を買ひぬ
をりをりに現るる扉のごときものとばりの如きものに救はる
今にして迷ふと知らばかなしまむ死者に思ひの近づきてゆく
踊りの輪を抜け出でてひとりくらがりにゐたりし夢のあとへ続かず
販売機よりをどり出でたる銅貨二枚地面の闇に吸はれてしまふ
新しき持ち場に慣れてゆく日々に木蓮の花も終らむとする
印押しておきたるのみにわれの手にまた戻りたり古りし楽譜は
目を凝らし獲物を待つといふごとき緊迫もなく過ぎむ一生か
指先に視線あつめて織られゆくひとすぢの縞のオプテイミズムよ
幾重にもかかれる橋の見えてゐて川上の橋を電車に渡る
パンの顔丸く陽気に描きたりピカソもいまだ若かりしかば
暗黒の空にありたる断片の虹も消えたり画廊出づれば
帰りゆくほかはあらぬか人の手にわれの切符は買はれてしまふ
遠ざかり来しわれは何のかたまりか水のほとりに声もなくゐる
たのしよとのみに啼くにもあらざらむゆふべ雲雀の複数のこゑ
見下ろしに描ける村の全景に望楼ありて一人昇れる
湧き出でて身を押し包み去りてゆく霧のごときかわがかなしみは
うちつけに愕くことの少なきを恃みて人のさまざまに問ふ
物を言ふをりをりにのみ存在し人ら並べりながき会議に
もう一人入れて写真をとらむとし事務所よりたれか出で来るを待つ
交替の準備なしつつ一人一人の存在濃ゆくなる時間帯
屈するは膝のみとして立ち直る若き日ありき勤めて長き
計算器を打ちて二時間今のわれは数値詰めたる袋のごとき
迎合の思ひ湧くとき信号が青にかはりてこと無きを得つ
働くことはよごるることか帰り来てハンカチを洗ふゆふべゆふべに
手袋のチュールに透かすトパーズを賜ひし人もすでにおはさぬ
満員のバスに揺られて通ひつつ帰りには見ず桃の花さへ
美しき断崖として仰ぎゐつ灯をちりばめしビルの側面
形代を燃して焔を立てしのみ雛の夜を睦まむ妹はゐず
亡きあとの家を守りつつ釘一本打てざりし人なりしを思ふ
うるほひて固まる砂と思ふまで鎮まりてありこよひのわれは
姿無く来るといふこともあるらむか思ひ直してミシンを踏みぬ
毛皮もて耳を覆へる写真など出で来て戦争の記憶を返す
塹壕は何に見えしやたどりつきて落ち込みざまに果てしと伝ふ
山鳩のしき鳴く聴けば戦場の雑木林も芽ぐまむころか
浜木綿のもつるる花を見て醒めてもやもやとせり天井の闇
台詞の無いドラマのやうな五日経てまだ生きてゐる喉乾きゐる
病室の螢光灯も天井にはりつけられて窮屈に見ゆ
窓をあけぬ限りは見えぬ安らぎに椋鳥らしき気配聴きゐる
二十日寝て窓をあくればわが庭の春のもみぢのうすくれなゐよ
待ち時間長くなりつつ家族の無きことなどもつひ言はねばならず
トラックの停まりてあれば思はざる大きタイヤを目の前に見す
堕天使にはなり給ふなといふ言葉十年過ぎてをりをり還る
幾ひらの花びら濡れて貼られたるバッグを膝にしばらく憩ふ
雪国は一気に何の花も咲く幼くて見しあんずの花よ
さまざまに縛られてゐむ水晶はつねつめたしと思ひなどして
バッテリーライターと謂へり思ひ切り高く焔を伸ばしてあそぶ
堰さへもみづから作りとどまると未だ残れる力を思ふ
降り出づるけはひ知りつつ起ちがたしもう少しにて見境がつく
信号を待つときのまに風の来て和服の人の殊に吹かるる
美しき手を持つ少女仰ぎ見て白のベレーをかぶれるも見つ
家に待つ仕事思ひて帰る道裾がおもたし冬のコートは
劇薬となる分量も意識してのまねば癒えず古りたる傷は
どのやうに高度を測る鷗らか這ひ松の上をすれすれに飛ぶ
朝霧を透かして山の見え初めぬなづみつつ描く下絵のごとし
高まりつつ迫れる波のつぎつぎに光の束をほどきて崩る
重量を増して一気に落ちむとし入り日はしばし赤くくるめく
うすら赤く太れるトマトを押し上げてゐる力など今なら見ゆる
太き茎をあらはに倒れし蕗見れば嵐のあとの風生臭し
足もとの今渕なせりひとたびは沈まむほどの気概湧き来よ
ほろびゆく肉体のなか最後まで生きて見えゐむわが目と思ふ
われの名をたれか呼ばぬか同じやうな抑揚に父母はわれを呼びにき
いつまでも憶はるることもつらからむアネモネの束を供華に賜ひぬ
窓ガラスを対角線に切りやまぬ雨見てあれば次第に激す
玉乗りの少女は声をあげむとしいつまで堪へて絵のなかにゐる
幼くて父と行きたるサーカスに火の輪くぐりの獅子などもゐき
舞台の上は萩も芒も枯れ果てぬなまじひに言ひて思ひ伝へず
すべあらぬ思ひなれども芽ぶきたる柳などよりはるかになびく
遠ざかりゆく帆船の信号に濁れりといふ春のうしほは
双眼鏡の円に入り来る椎若葉一枚づつにほぐれてうごく
あらはなるよろこびに似む風出でて樟の若葉のささめきあふは
楕円形の大き鏡に映りゐる階段をたれかとく降りて来よ
一本の木としてわれを思ふとき花の終りに降る雨寒し
黒板に書かれし数字地殻の持つ思ひみがたき厚みを教ふ
壁面の地図に朝鮮半島もサハリンも滴垂るるかたちす
地表にいまボール一つが残されて外切円をなしてしづまる
ひさびさにピアノ弾かむに今朝のみし薬の匂ひ指に残れる
菜の花も穂先まで咲きて咲き終へぬ思ひ遂ぐるといふやさしさに
雨のはれまのあかるき声を渡しゐる陸橋が視野にありて近づく
錫いろにひろがりて木々を覆はぬか地にしづまれる一枚の箔
雨季迫るきざしかわれの足音のタイルに吸はれ廊を往き来す
人を降ろしまた乗せて発つバスの持つ安定感を振り返り見つ
さまざまに人の訪ひ来て言ふ聞けばイドラのわれはいづくさまよふ
カンテラをとぼして見ゆるものを見む残り少なし光の量も
無防備に行くといふにはあらざらむ身に寸鉄も帯びずといへり
蔓薔薇の棘のさだかに見えゐしがもやだつ雨につつまれゆけり
夜は夜の仕事にまぎれ日中にありたることのなべて思はず
吹き降りの雨となりつつ夜に聴けば風の声のみ折り返しくる
印度更紗の布を裁たむか目に見えてはかどる仕事こよひはしたく
畳一枚が持てるほどよき大きさに一枚として見つつ驚く
渦なして中心のなき思ひよりふと抜け出でて夜明けを眠る
輪郭のほほけて夢にあらはるるまでに古りたり鍵のゆくへも
魚の群れに混りゐたれば人間のわが名呼ばれて大き口あく
百合活けて壼のおもたき日と気づく顎に触れたる花のつめたさ