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目録ID ku009024
タイトル. 版. 巻次 いつか失ふ
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風の曼陀羅
いつか失ふ
麦畑わづかに熟れてこの町に雲水などは見かけずなりぬ
昨日までトラックの来てゐしあたり松の花粉に染まる水あり
最短距離を知りゐるごとく音もなく渡りゆきたり小さき蛇は
春紫苑隙なく咲きて底無しの沼といへども陽に凪ぎわたる
思はざる視角に入りて弓なりに胴を伸ばしてゐる猫を見つ
行く雲は捲き毛のやうにほぐれつつ一触即発のときも過ぎたり
紺いろの皮膜となれる夜の空に飛び火のごとし白の水木は
われの目もけものの如く光らむかまともに自転車のライトを浴びて
ひしひしと人の増えくる夢なりき石筍などの立つさまに似て
手袋を濡らして寒く従きゆきし雪の一夜のありし忘れず
さまざまの物を載せ来してのひらにカリフォルニアのさくらんぼ置く
松葉杖は投げ出されゐて病み長き人の乱れを見し思ひせり
ペチュニアの目を射る赤さ見て過ぎて思へることのふと遠ざかる
茹でし菜の根元そろへて泳がする鉢の真水の冷たさも良き
絹針をはこびて裾を絎けてゆくたのしみなどもいつか失ふ
口少しあけて振り向く顔一つ絵巻のなかにありてあざむく
軍手せる大き手うごき白炭は骨の音してかき寄せられぬ
色褪せてたるみゐにしが直立し青葱はみな花を揚げたり
温水器の音と気づけどなほしばし地底の音のごとく続けり
喉元まで水を満たして芍薬を活けて重たき壺となりたり