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目録ID ku012001
タイトル. 版. 巻次 まぼろしの椅子・その後
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短歌
まぼろしの椅子・その後
たそがれの湖を愛すと彼は告げき祕かに戀はれてゐしにあらずや
水底の藻屑とふ語にも憧れき死は美しと思ひゐし日々
夜に入りていらだてる君は本棚の位置など變へて見むとするらし
遠き世界の音響のごと間をおきていづべの空にあがる花火そ゛
無名作家のまま終るともながく生きよと希ふを君も知り給ふべし
山の彼方に雲ゆく見れば訪ひがたきわがみどり兒の墓邊思ほゆ
風化して傾きゐずや年を経しかの草かげの吾子が墓標よ
感化院を出で來るといふ少年をあたたかく待つかの家なれよ
背高き妹に似合ふや縫ひ終へし水色のドレスをたたみ眠らむ
水びたしの日本列島と思ひめざめゐつ夜の更けてまた降りつのる雨
散りしける賣子木の花掃く土の上わが呟きを聽く人もなし
翳ばかり見るごとき日の續くなり壁の繪をドガの踊り子に替ふ
われの外あくる人なき部屋の鍵をりふしバッグの底にて鳴れり
歸らざる幾日ドアの合鍵の一つを今も君は持ちゐるらむか
甘酸ゆき香のこもりゐむ桐の花野末に見つつわがバスは過ぐ
ゆられつつまどろめる時バスとまり田植ゑ歸りの乙女らを乘す
ただ一人朴訥にわれに同意せし蓬髪を思ふ會終へて来て
交叉路を越え來し女工員の隊列より今し湧き起るザ・バイカル湖の唄
日本列島の地理的優位など生徒らに説きにし日あり償ひがたし
葉の色にまがふひそかな花をもつ木ありしきりに樹脂を匂はす
よるべなく旅ゆくこころ灣口にかかりて船は汽笛を鳴らす
足もとの砂冷えて來て昏るる海わが怖れゐし褐色となる
今は誰にも見することなきわが素顔霧笛は鳴れり夜の海原に
月の夜の潮鳴り低し出でゆかば身近にあらむ死と思ふ時の間
身代りに何を沈めて戻るべきいどむごとく來る夜の滿ち潮
われに彈かせて歌ひゐしソプラノ動亂の朝鮮に歸りてゆくへは知れず
わが夢に来るきれぎれの像をつなぐ錯亂は深く胸にきざすや
母校の教師となるを拒みて歸らざりしかし若き日より遠きふるさと
いづくにか虹かかりゐむ通り雨のすぎて陽はわが枕べにさす
かたはらに置くまぼろしの椅子ひとつあくがれて待つ夜もなし今は
まざまざとわれは書きたしみづからの傷嘗めて堪へ來しながき経緯を
わが夢に夜々ひらく曠野を翳のごとよぎるは未だたれとも知れず
手は何にさしのべむ如何に描くとも茫々と寂しわが未来像
別れ住む間さへ苛まれゐる身よ落葉に埋もれてしまひたくなる
耳遠き母も漸く住み慣れて坂くだり買物にゆくをたのしむ
われを伴いて遁れむといふノアもなし裾濡らし雨の鋪道を歸る
殻とぢて竦めるごとき日のわれを不意に來し母に見せてしまひぬ
わが編輯の緻密を人のほめしとぞ仕事にうちこむ外なき身と知らず
われのために禁句となりゐる言葉なきや晝の事務所抜けてインコ見にゆく
閉ぢこめられゐて祕かに爪とぐごとき身と疊掃きつつ寂しき日なり
せめて深き眠りを得たし今宵ひとり食べ餘したる林檎が匂ふ
刹那刹那に生くる狂喜もわが知らず流浪者の唄彈きつつ寂し
アンダルシアの野とも岩手の野とも知れずジプシーは彷徨ひゆけりわが夢に
共に死なむと言ふ夫を宥め歸しやる冷たきわれと醒めて思ふや
死ぬときはひとりで死ぬと言ひ切りてこみあぐる涙堪へむとしたり
ドラマの中の女ならば如何にか泣きたらむ灯を消してわれの眠らむとする
いつまでも待つと言ひしかば鎭まりて歸りゆきしかそれより逢はず
われ次第にて明るくも暗くもなる職場と思ふある日は負ひ目のごとく
梗概のみを追ふ人のなかに胸深く愛の推移を祕めつつ勤む
日給をとるやうになりて明るき少年自転車借りに來て話しかく
別れ住むと知らず來し君が教へ子ら九時まで待たせて歸しやりたり
G線の切れしままなるヴァイオリンのこと思ひ出でて夜半をひとり寂しむ
橋杙に堰かれつつ流れゆくばかり河はつくづく海より寂し
這ひ松の青むのみなる火口原またひとしきり砂塵はしまく
夢に見しは無風の曠野ぞ火山礫を吹きとばしくる風にたじろぐ
風つのる火山灰地のただなかにまた人をおろしバスは去りゆく
まざまざと硫黄匂へば目をとぢて火口丘をくだるバスにゆらるる
永劫の荒蕪と思ふ野を過ぎて穂すすきそよぐ一地帯あり
荻叢に野川あふるるひとところ何ぞ踏みこえがたき思ひは
山原の不毛を見盡くし來て幾日遠く光りゐたる湖を戀ふ
たどきなく耳をすませばみもだえて落葉を急ぐ樹々と思ほゆ
君の小説には描き得ざらむわが焦土いつよりか泉湧く園を祕む