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目録ID ku013005
タイトル. 版. 巻次 遠景-離職あとさき
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短歌現代
遠景-離職あとさき
うす雪の白くこごれるしづけさにあと幾朝と思ひつつ出づ
雪のあとの木の間しづもり身の軽きものの足跡かそかに曳けり
登庁のかはりなければ三月後にやめゆくわれと人に知られず
一度にて点きしライター思はざる大きほのほを目の前に上ぐ
B4の紙片一枚回付され組織をまるごとゆさぶる日あり
狐ほどに痩せたる顔を持ち歩く夢ながながと見て夜の明けぬ
やめてゆく職場にあれば日毎日毎遠景となる書類の束も
二十歳にて教員たりきこだはらぬ性にからくも働きて来し
追ひ詰められし思ひにをれば目の前のパンジーの花も両眼を持つ
いとまいとまに物縫ふならひいつとなく失せて買ひおく更紗も古りぬ
目つぶしを投げて鬼よりのがれしが鬼の顔さへわれは見ざりき
ユリア樹脂の羊歯あをあをと繁らせて装ほふことの限り見えくる
ゆく末に虹を見ぬとも決まりゐず光るコインのまろび出で来る
流氷の寄せ来む春と言ふ聞けばわが待つ春にかさねて思ふ
道々に思ひつづけしはかなごと目の前に来て木の立ちあがる
うたかたの職場におのれ尽くし来ぬ指のあはひを風の抜けゆく
くらがりに時計を打つはたれの手か二階の部屋と気づきて寒し
生活の資を得るのみに終らむと思ひ見ざりき日々に気負ひて
しろじろとどこからも見ゆる明るさに喪の家の灯の夜すがら点る
みひらかば大きなる目を逝きまして左合はせの白衣もやさし
生きをれば嘆くことのみあるものをいたく小さし柩の顔は
縛られつつ護られてもゐしわれならむ公務員とふ肩書失せぬ
余すなく咲きたる桜仰ぎゐてかかるゆとりもわれに久しき
野の空のいづこに落ち合ふ蝶ならむふはふはとしてとめどなく舞ふ
大仰なしあはせなどは願はねどすこやかにしばしあらしめ給へ
三枚のガラスを透かす角度にて花びらの如し黄の洋傘は
定期券など忘るることのなくてすむたつきのあるを知らで過ぎ来し
有楽町へ着くまで長し独りごとを言ひやまぬ人と隣りあはせて
立ちどまり捨てし煙草を踏み消して去りゆくさまの映画めきたる
青銅の像を見をれば胸板のつめたかりにし夜を忘れず
あやとりをしてゐし夢にたれならむもうひとりゐし幼な子の影
湯のたぎる待ちて立ちゐていつよりかマッチを置かぬ厨と気づく
沿線に春闌けにけむ勤めやめて桐の花など見られずなりぬ