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第一編 人物誌
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第三章 爛熟期(大阪陣より明治維新迄)
(五六)安室宗閑
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宗閑
、字は安室、自ら佯狂子と號した。瞳酒糟の印がある。(龍寶山祖師傳卷五、龍寶山大德禪寺世譜)【堺
山岡宗無
の男】堺の人
山岡宗無
の子である。(麻野氏系圖)【
大德寺
住職】後
大德寺
に登つて、法を
江月
宗玩に嗣ぎ、寬永十九年三月入寺し、第百七十六世となつた。入院出世の儀式は、古法省略の始めであつた。(紫巖譜略、寶山住持世記上)塔頭瑞源院の二世を繼ぎ、正保四年四月十日世壽五十八歳を以て示寂し、同院に葬つた。【禪師號勅諡】弘化三年正月仁孝天皇
大鑑印宗禪師
の號を勅諡せられた。(龍寶山大德禪寺世譜)