延長寺は醍醐山と號し、【位置】西湊町字中筋にあり、眞宗本派本願寺末、寺格自安地、【沿革】延長二年創立、眞言宗の道場で鹽穴鄕舳松にあつた。其後堯英住持職のとき、本願寺蓮如に歸依して眞宗に轉じた。天正十三年八月和田教齋、法諱教西(慶長十八年十一月二十八日示寂、享年八十八歳)中興し、第六世受賢に至り寬文四年三月引地し、同十三年寺號を公稱した。寶曆十一年十一月本堂の再建成り、落慶供養の式を擧げた。(當院相續之記錄)【本尊】本尊阿彌陀如來、【堂宇】本堂、庫裏、鐘樓、納家門あり、境内五百十四坪を有してゐる。(社寺明細帳)【什寶】什寶に蓮如上人自畫像一幅、同六字名號一幅がある。何れも蓮如から堯英に授與したものと傳へてゐる。