ビューア該当ページ

(八)石錢場址

812 ~ 813 / 897ページ
 【四箇所の遺址】德川時代堺港入津料の徵收所であつた石錢場は屢々移轉した結果、其舊址は四箇所に亙つてゐる。卽ち最初は戎島の西北現在の南海鐵道古川鐵橋附近に置かれ、次いで布屋堀割と共に南方に移轉した。場所は不明であるが、後布屋堀割の埋沒と共に舊地に復し、寬政年間現港灣開鑿に件ひ新港へ移り、北灣戸開鑿後現在の入津料徵收所へ移轉し、明治以後名稱を現在の如く改めた。